第四十九話.アベルと化物
※少しだけ最後のセリフとかを変えました。特に意味は無いです。書き足らない部分を補ったついでにノリで変えました。
※※1月9日、右腕を失っていたのに右腕を斬られる謎のカオス現象を修正しました(取り残しあるかも)。報告して下さった方、本当にありがとうございました!!
枯れた葉を踏む音だけが響く森。血に飢えた魔物が徘徊している魔の森と呼ばれる場所だが、そんな場所で無防備にも時面で寝息を立てるのは冒険者であるマイだ。その付近に人は居ない。
……いや、マイのすぐそばに一人。例の怪しいフードの男では無く、黒に近い赤紫の鎧を身に纏った人物が剣を抜き、マイに切っ先を向けている。
魔王軍を名乗る人物──アベルである。
「探したぞ」
あの街で殺しそびれた女を、今度こそ殺す。
そういった怨念が込められた剣が振るわれる。マイの頭が地面を転がると、その切断面からは絶え間なく血が流れ続け、地面に乱雑に敷かれている枯れ葉の絨毯を赤く染めて行った。
だがそこで、鎧の人物は意識を取り戻した。見てみると、まだマイは寝息を立てて寝ている。剣はまだ振るわれていないようだった。
さっきまでの光景は早く殺したいという自分の思想が見せた幻覚だと自覚すると、今度こそしっかりと剣を握り、躊躇なく剣でマイの首を狙った。
──そんな時。
「おいおいそんな物騒なもんは早くしまえ。お母さんに刃物は人に向けるなって教わらなかったのか?」
陽気で、特に緊張感のない声。この場に相応しいものでは無かったが、でも何故か警戒してしまう声だった。鎧の人物は首を動かし、木にもたれ掛かっている人物を視界に入れた。
それは、フードを深く被った男らしきもの。その左腕は無く、右腕だけがひらひらと暇そうに振られていた。
その男は剣を構えるアベルと地面で寝るマイの二人を交互に見ると、「あぁー……」と言葉を探すように首を触った。
「アンタ、魔王軍なんて名乗ってる奴の一人だよな?」
「──」
予備動作もなくアベルが斬撃を男へと飛ばす。それは予測できない攻撃である為もちろん男の左腕を容赦なく切り裂き、男の腕は力無く宙を舞った。
だが。
「それは肯定で捉えてもいいか?」
「……っ!」
男は平然と立っている。出るはずの血も流れておらず、更には痛みも感じていないのか男はケロリとしていた。
男はアベルに向かってゆっくりと歩を進めていく。
「そうだな──一つ言わせてくれ。魔王軍なんて名乗るのはやめろ。あぁいやでも、街を破壊するなんて行動力は褒めてやる。でも魔王軍はとっくの昔に消えたんだ。だから──」
男は鼻で笑ってから肩を竦めてみせる。その後、両腕が無い不快感からか顔を歪めた。
その瞬間にアベルの姿が消え去った。
「──っ」
男の背後に突如現れる。
剣は鞘から抜き放たれると、その刀身は男の首をまるで紙の如く簡単に切り裂き、やがては鞘へと収まる。
この一連の動作に使用した時間は一秒とない。反応など出来る筈もなく、男の首は地面に──
「話の途中だ」
アベルを嘲笑する声が聞こえた。それは間違いなく目の前の男から発せられた言葉。そして首はいつまで経っても落ちない。見れば、斬り裂いたはずの首には傷一つ残っていなかった。
そんな信じられない光景を目にしたアベルは有り得ないと首を横に振り、一歩後ろへと後退った。
──確かに斬った。手応えはあった。殺した筈だ。でも何故生きている?
そんなアベルの動揺は知らず、男はおどけながら身体をアベルの方へと向ける。攻撃されると直感で感じたアベルは一瞬で男から距離を取ると、鞘に収まっている剣の柄を握った。
「おいおい、俺は腕が一つもなかったんだ。逃げる必要はないと思うが」
男は鼻を鳴らして言うが、そんな状態で余裕を持っているからこそ、アベルは危険を感じ取ったのかもしれない。
この男はただ者ではない。先程からおどけてはいるが、一切隙がなく、何処から攻撃しても全て対処される未来しか想像することができなかった。
「何だその顔は。そんなに気になるのか? 首を斬った筈なのに何で繋がったままなのか。安心しろ、種も仕掛けも無いなんてペテン師みたいなことは言わない。と言ってもこれは詳しく話そうとすれば長くなるんだ。でもアンタは運がいい。ちょうどいい言葉がある──それはそう、アンタらが好きそうな言葉だ」
男は右腕を動かしてフードをゆっくりと脱ぐ。
するとそこにちょうど木漏れ日が当たり、顔が照らされた事によってそれがより鮮明に見えるようになった。
──手入れされていないのか、伸びに伸びた白の髪。血のような真紅の瞳。そしてなによりも、血の気の無い青白い肌。
到底人間とは言い難い姿。そう、それはまるで、死人のような。
驚愕で固まるアベルに対し男は口角を少しだけ上げると、その特徴的な白い髪を揺らして静かに呟く。
────化物。
「っ──!?」
真紅の瞳に睨まれたその瞬間、アベルの脳に生まれて初めて警鐘が鳴り響く。だが更に衝撃的な光景を、アベルは目の当たりにしてしまっていた。
先程まで存在していなかった筈の右腕が、まるで元々存在していたかのように男の意思で動いているのだ。その腕を使ってゴミの様に転がる左腕を男が拾い上げると、接着剤でくっつけるかの様に傷口に押し当てる。
たったそれだけの事で男の左腕は命吹き返し、男の意思に従って動作するようになってしまう。
「あぁそうだ。自己紹介するのを忘れていたな」
男は左手と右手の調子を確かめる為か手を開いたり閉じたりを繰り返すと、満足行ったのか頷き、アベルへと顔を向けた。
「アンタとは初めましてだ魔王軍。俺はしがない冒険家の──あれ、放浪者だったか? まぁいい大事なのはそこじゃない」
「──ッ!」
アベルはハッと顔を上げる。
明らかに男の空気が変わった。ヘラヘラとした態度は変わっていないのに、重く、首元に鋭い刃物を突き付けられているかのような、そんな空気へと一瞬で変化する。
「化物を見るのは初めてか?」
その言葉は、真後ろから耳元で囁かれた。考えるよりも早く剣を引き抜き、振り向きざまに放つ。だがそこにはもう男の姿は無かった。
「おいおい何処を斬ってるんだ? 敵の目の前で素振りなんて随分と余裕があるな」
代わりに、また背後から声が響いてくる。
「くっ……!! 馬鹿にしているのか……ッ……!!」
アベルは振り向くこともなく柄を握る力を強くすると、男の首が今度こそ吹き飛んだ。その速度は光をも超えていたかもしれない。男の顔は驚愕に染まったまま宙を飛び、地面を転がる。
「邪魔は……させん……!!」
アベルは息を整えると、今度こそ死んだ事を確認をする。少しして、刀を鞘に収めると、フラフラと背を向けて歩き出した。
「──今のは効いた。人なら死んでいたな」
「なッ!?」
聞こえないはずの男の声がアベルの耳に飛び込んでくる。
アベルは急いで振り返るが、そこには何も無い。そこには男の死体も、寝ていたマイの姿も無かった。
「便利な能力だ」
男の姿が木の後ろから現れる。
傷も何も見当たらない。先程の攻撃がまるで無かったかのような光景であった。
「……何故死なない……!! 貴様は必ず殺したはずだッ!! 手応えも存在したッ!! 何故死なないッ!!」
アベルは勢い良く剣を抜き放つと、男の身体がバラバラに斬り裂かれて地面に崩れ落ちる。
「知りたいか?」
それは背後から響いてきた。アベルは振り向きざまに剣を抜こうとするが、いつのまにか接近していた男がその腕を掴み、止められてしまった。
「ならまずは、相手を分析するところからだな」
言っている意味が分からない。だが、今更理解しようなんて考えはアベルには無かった。
「うぉっ──当たったらどうするんだ!」
無理やり拘束を解いて放った斬撃が木を切りさいて虚空へと消える。やがて木が重々しくっ倒れると粉塵が少しだけ舞い、その中から再び男の姿が現れた。それは無傷で、攻撃を一回も喰らっていないかのような姿だった。
その光景に違和感を感じ取ったアベルは、思考を繰り返していく内に段々と脳が冷めていくのが分かった。激しく鼓動していた心臓も、静かに落ち着つきを取り戻していく。
(……身体は戻せたとしても、服装が元に戻る事はありえん。ならば──)
自分が倒してきたのはこの男の『分身』であり本体ではない。そう考えると、今までの事が全て説明出来る。左腕が復活したのも、首が落ちないのも、殺した手応えがあるのも。
だが、そんな考えを読み取った男は「違うな」と否定すると、鼻を鳴らす。
「分身だと思ったんだろうが、生憎俺は魔法が使えない。それに固有能力も持ってないんだ。出来る事といえば魔力を放出して天候を変える事くらいだ」
男は残念そうに肩をすくめてみせた。
だがアベルはハッタリだと信じることは無かった。この言葉が本当なのだとするのなら、傷が再生する事や、服装が元に戻ることが説明できないからだ。
「ならばその服装はどう説明する」
「これか? あぁこれは魔力を流せば元に戻る彼女お手製の服なんだ。俺はよく腕が吹き飛ぶから、それを考慮してくれた。いい嫁だろ?」
「……そんな物質は存在しない」
「存在したんだ。あんたが知らないだけでな」
呆れた口調で男は言ったが、アベルはまだ信じていない。今も感覚を研ぎ澄まし、辺りに人の気配が無いかどうかを探っていた。
そんな状態のアベルにため息をつく男だったが、変わらない調子で話し始める。
「話を変えるが、その魔王軍の狙いはなんだ? 何で街を襲った。噂によれば街の住人の何十人かが何者かによって殺され、そして魔物によって数人が死亡したらしい。不思議なのはここからだ。その他は特に報告がない。もちろん街は莫大な被害を受けているが、始まりの街とも呼ばれる街だ。決して小さい街なんかじゃない。こんな表現は好きじゃないが、規模にしては被害が少なすぎるんだよ」
目を細め、疑いの目を向ける男。それに対しアベルは鼻を鳴らし、「知っていても答えるはずが無い」と、当然の答えを男に示す。
「まぁそうだろうな」
男は軽く流して頷くが、「ただ」とアベルが付け足す。
「我は不要な人間を殺しただけに過ぎない。この世界の平和を保つ為に行動した、それだけだ」
ピクリと男の眉に眉間が一瞬寄った。
「不要な人間を殺しただけ、と言ったか」
アベルが発した言葉を聞き返す男の声色が、明らかに重いものへと変わる。
「あまり人間を見下さない方がいい。警告だ。これはあんたの事を思って言ってる。嘘なんかじゃない」
「ふん、貴様には関係が無い」
「あぁ言葉が悪かった。ならこう言えばわかるか」
そこにへらへらとした笑みはない。真紅の眼が木漏れ日に照らされ、光が反射し、アベルの瞳から入った情報が脳内に焼き付く。
そしてただ一言、男は呟いた。
「──俺は人間を見下すやつが一番嫌いなんだ」
刹那、アベルの左腕が音もなく消え去った。
「──が、あぁぁぁあぁあぁぁぁあぁあぁぁぁあぁぁああぁぁぁッッ!? 何を、何をしたぁッ!!」
その言葉が脳に辿り着くよりも早く痛覚がアベルの身体で暴れ回る。アベルの腕からは大量の血が吹き出し、それは止まる事を知らずに溢れ続けた。
アベルは血が失われた影響か痛む頭を堪えながら、男の事を視界に入れる。その男の左手には鎧を纏った腕。恐らくアベルのものだろう。
「そういえばさっきの自己紹介、実は途中だったんだ。別に言う必要もないから飛ばしたんだが、今から戦う相手の名前くらいは知っていた方がいいと思うから名乗ってやる」
男はアベルの手をゴミかのように適当に放り捨てると鼻で笑い、
「エリカ、それが俺の名だ。そんで頭の片隅にでも入れとけ」
そう言って露骨に嘲笑う眼でアベルを視界に入れる。その表情が先程までとは違って明らかに殺意が込めらているのは、この場に誰がいようと理解できるだろう。
「さっきはアンタは殺しただけと言ったな。不要な人間は要らないと。世界の平和を保つんだと」
男は眉間にシワを寄せながら一拍置くと、鼻を鳴らし、その真紅の瞳で敵を捉えた。
「ふざけんな。不要な生き物なんていない。それがどれだけ醜くクズみたいなやつでも、短い人生の中で世界の未来に大きく関わるんだ。良くも悪くもな。それを殺しただけ? しかも理由が不要だと思ったからなんて小学生みたいな理由だ。あぁ、あまりにも無責任すぎる。世界の未来を壊しておいてそれはない」
明らかに人ではない気配を放つ者。その周囲に存在する木々、雑草などが恐れを抱くかのように萎れていき、茶色く、侵食されるかのように変色していく。
瞬間、化物を中心に衝撃波が走り、男の心境を表すかのように雷雲が太陽光を隠した。暗闇に光る男の紅が目の前に居る獲物を捉えると、背後の木が落雷によって粉砕され、燃え上がる。
そんな地獄の様な光景に溶け込む化物は、静かに宣告する。
「──話し合いは終わりだ」
おもった戦闘シーンが書けなくて何度も書き直してたらよく分からんくなったんで妥協という形で投下しました。今の僕にはこれが限界のようです。暫く戦闘シーン書くのサボってたから下手になってる……。




