第四十八話.過去、記憶
前に考えていたストーリーをなんとか思い出しながら書いているので、矛盾点があるかもしれません。
いつからだろうか。私が復讐心を持つようになったのは。
あぁそうだ。あれは十五年前だったか。
──何が起きてるの?
私は崩壊していく村を眺めながら、ふとそんな事を思う。
「マイっ!? なんでここに……こっちにくるんじゃないよ!!」
遊びから帰ってきた私を見つけた村人の一人、親戚のマーおばちゃんが、これまでに見たことが無い形相で叫んだ。
いつもは優しくて、いつも笑顔なのに、今は苦しそうな顔をしている。だから私は駆け寄ろうとしたのに、こうして拒まれてしまった。
涙が目元に溜まってくるのが分かるが、私は何とか我慢する。
「マイちゃん、ここは危険だから離れよう」
私の後ろから、今日一緒に遊んでくれたタロウが声を掛けてくれる。そんなタロウの声も、いつもとは違ってトゲトゲしていた。
でも、私はここから離れるなんて事が出来なかった。出来るわけが無かった。
「た、タロウ! タロウ!! どうしよう!! お母さんが!! お父さんが!!」
魔物、と呼ばれる生物達が村で暴れ回っているその影響で、大半の家は崩壊している。それは私の家も例外では無かった。
マーおばちゃんはタロウの姿を確認すると、
「タロウもいるのかい! なら早くマイを──」
言葉の途中だった。家みたいに大きな体をしたゴブリンが手に持った棍棒を振り回し、それがマーおばちゃんに当たってしまったのだ。
たったそれだけでマーおばちゃんは飛び、崩れかけの家にぶつかった。そのせいで完全に家が崩壊し、その中に埋もれてしまう。
あの様子だと、きっと助かっていない。
「マーおばちゃんッ! マーおばちゃんッ!!」
それでも私は駆け寄ろうとするけど、それをタロウが制止する。
私は何で止めるのかとタロウの顔を見るが、そこで思わず声を出して驚いてしまった。
いつもは頼りなくて、ヘラヘラとしているタロウだけど、今のタロウは別人みたいに鋭い表情をしていた。見たことが無かった。
──怒っている。
こんな私でも、それだけは理解出来た。
「──いやいや、いやいやいや。これはこれは、お久しぶりですねぇ……えぇ……久しぶりだ」
この声が聴こえてきた瞬間、タロウの顔はより一層険しくなったのが確認できた。
私もそちらを見てみると、適当に絵の具を混ぜたかのような派手なマーブル模様をしたシルクハットに、道化師のような仮面、同じ色をした派手なロングコートの男がそこには立っていた。
「……何でここにッ……!!」
「何で? それは一番貴方が分かっている事ではないですか?」
そう言葉を返されたタロウは唇を噛むと、私の方を一瞥してからピエロを睨みつけた。
そんな事をものともせずに、ピエロは鼻を鳴らす。
「世界の救済に貴方の力は必要不可欠だ。始まりの化物と呼ばれたその"フォボス"の力が」
煽るかのようにそう言ってみせたその瞬間に、タロウはピエロの胸ぐらを掴んで持ち上げた。
「喰い殺されたいのか……ッ……!!」
タロウから感じた事のない気配を感じる。
今の空気にピッタリと当てはまる、そんな感覚だった。
「ええ……いいですねぇ……! その表情……威圧……。でも何故、その力を使おうとしない? その力があればこの世界を自分のものに出来るというのに。今ここで、僕を殺す事も出来る筈なのに」
「そんな事は……ッ……」
「えぇ、えぇ。分かっています。貴方は人と出逢ってしまった。そのせいで感情を持ってしまった。あぁもしかして、その邪魔をしている人間は──」
仮面を付けているピエロだったが、それでも何故かこちらに目を向けたのが感覚で理解できた。
そして背筋が凍るような空気感が辺りを支配する。無意識に息を呑む私だったが、その原因がこの村の状況やピエロではなく、タロー自身から放たれている事は、幼い私から見ても一目瞭然であった。
ピエロはおどけるように肩を上下させる。
「……冗談ですよ。今ここでそんな事をしたら、貴方に喰い殺される」
余裕の持った声でそう言った。続けてピエロは、
「そちらのお嬢さんが怯えているようだ。場所を変えましょう」
その時、私がどんな表情をしていたのかは分からない。でもタロウがこちらへと顔を向けると、まるで信じられないものを見たかのように目を見開き、その顔を伏せた。
「た……タロウ……?」
私が声を掛けたらタロウはハッと顔を上げて、ピエロを地面に下ろした。そしてこちらを悲しそうな表情で見た。まるでそれは、別れを惜しむかのような表情だった。
「マイちゃん。さっき来た道をずっと走って欲しいんだ」
「えっ……でもタロウは……!?」
何とか絞り出した言葉。だがタロウは何も答えなかった。
嫌な予感がした私は堪えていた涙も知らずに、タロウの脚に飛び付いた。
「いっちゃだめ!! タロウはずっと私といるって!! そう約束したもん!!」
「そうだね」
「ずっと遊んでくれるって約束してくれたもん!!」
「……そうだね」
「わたしと結婚するって!! 私とずっと一緒にいるって!!」
タロウは私の手を優しく解くと、ピエロがいるのにもかかわらずに私の方に身体を向けてしゃがんだ。
「ごめんね……」
「でも……でも……!!」
私が何とか付いてきてくれるように言葉を考えていると、タロウから頭を撫でられた。
「なら、新しく約束しよう」
小指を出す。その意味を理解出来なかったマイは首を傾げるが、タローはマイの小指を取ると、何度か上下に動かした。
「また会いに来る。その頃には忘れてると思うけど……この約束だけは、絶対に破らない」
それは、優しい笑みだった。いつものヘラヘラした笑いじゃなくて、人を安心させるような、そんな笑顔。
だからだろうか。私も涙でぐちゃぐちゃになった顔で笑い返した。
「約束……絶対に約束だよ!!」
「うん。約束」
「絶対! 絶対だよ!!」
「……うん」
タロウは少し間をおいて答えると、私に走るように言って村へと足を進めていく。その隣にピエロが並んで歩いて、最後に私の方を見てきた。
──あぁ、そうだ。これから私は街に辿り着いて、ナズナと出会って、強くなってきたんだ。魔物に負けないように、もう誰かを失わないように、必死に頑張ってきた。魔王軍に復讐するんじゃない。魔王軍に連れて行かれたであろうタロウを取り返そうとして強くなる事を望んだんだ。
でも、いつからかこの事を忘れて、家族が殺された記憶と、ただならぬ怒りと喪失感だけが記憶に残り、復讐心へと変わっていった。
タロウ……いつも私と遊んでくれた大切な友人。ただの村人で、料理も出来なくて、力も無かったけれど、とても優しくて、面倒見が良くて、お兄ちゃんのような存在だった。村の人たちからも信頼されていて、私のお母さんもお父さんも、タロウを我が子のように接していた。
懐かしい。あの時は本気で結婚なんて考えていたかしら。
でもなぜ今まで忘れていたのだろうか。自分にとって忘れてはならない記憶なのに、自分にとって大切な記憶だったのに。
「その様子だと思い出したか」
フードを深く被った男が私の近くを歩き、木に持たれ掛かる。その声で私は、"今"の世界に戻ってきた。
「おかげさまで……ね。何かされていたのかしら」
私は男に問いかけると、男は軽く頷いた。
「アンタが掛けられていたのは記憶を弄る幻術だ。そう聞くと凄そうに聞こえるが、まぁ要は脳に流れる魔力を操って記憶を操作する技だ。俺はその邪魔をしていた魔力を取り除いただけに過ぎない」
男は簡単だと言わんばかりに軽く鼻で笑ってみせるが、果たして人間にそんな事が出来るのだろうか。そんな事を考えていると、男は私の考えを見透かしたかの様に首を横に振る。
「俺が何者か気になるか? でもそれには答えられない。ただ一つ言える事は、俺はあんたの敵じゃないって事くらいと女好きって事だけだ。あぁこれだと一つじゃないか」
「……別に、今更貴方の正体を暴くつもりなんてないわよ」
私は我ながら疲れ切った声で言葉を返すと、男はそれでいいと親指を立てて何度か頷いてきた。
「取り敢えず今は寝とけ。魔力が無い状態での戦闘、魔力の復活に記憶の蘇生。アンタの精神は大丈夫でも身体は違う。一時間だけでもいいから休ませとけ。それまでに俺も終わらせる」
「それはどういう──」
どういう意味?
そう聞こうとするが、言葉の途中でフードの奥に眠る男の血走った目が私の瞳を捉えたのが分かった。
その瞬間に私の視界はグニャリと歪み、為すすべもなく意識を手放してしまった。
▽
そもそもマイの過去についてここで話すつもりはなかったんですけど、ストーリーを進める上でここしかタイミングが無いと思いましたので、無理やり過去を作りました。そのため一話だけで終わってます。まぁ作った、と言っても元々マイの過去については設定していましたので、それをねじ込んだ感じですか。本当は次回に来る戦闘が今回の話のメインになる予定でした。
だから何やねんって感じですね。早く続きかいてはよ投稿しろよって感じですよね。僕もそう思います。取り敢えず話はめちゃくちゃでも完結まで持っていきたい……。タイトル回収……はよ……




