四十三話.店長
「──座っていてくれ。今料理を持ってくる。コイツの目が覚めた時もし暴れたりでもしたらすぐに俺を呼べ。いいな」
店長は慣れた手付きで椅子を引くと、シズクは言われるがまま着席する。そして店長は近くの長椅子にエミルを寝かせると、厨房へと消えていった。
(さっきとなんも変わってない……)
一人になったシズクは店内を見渡すが、特にこれと言って変わった所はない。あんな騒ぎがあったにも関わらず、やはりこの場所だけは無傷なのだ。
シズクはその事実に違和感を感じながらも、長椅子に横になるエミルへと目を向ける。
いつもより静かなせいか、厨房からはカチャカチャと金属類がぶつかり合う音が響いてくる。
その音を聞きながらシズクがぼーっとしていた――その時だった。
「ん……ぅ……っ……」
苦しそうに唸り声を上げたかと思うと、エミルの閉じた瞼が重そうに持ち上がった。
「ここ……は……」
「エ、エミル……さん……」
シズクの声に反応して、エミルはそちらへと顔を向ける。そして何故自分がここで寝ていたのかを考えていたのか、少しの間呆然としていた。
「わたしは……なにを……」
記憶が曖昧なのか頭を抑え、過去を思い出そうとするが、上手くいかなかったのか首を横に振った。
これが店長が言っていた記憶障害なのだろう。店長の言葉が正しければそれもすぐに治るらしいが、やはり心配なものは心配になってしまう。シズクはソワソワと落ち着かない様子で見ていた。
すると厨房の方から何かを焼くような音が聞こえ、少しもしない内にその香ばしい匂いが空気を漂いシズクの鼻をくすぐる。それと同時にお腹から『ぐぅ』と小さく鳴り、慌ててシズクはお腹を抑えた。
その様子を見ていたエミルは軽く笑うと、ふらふらとしながらも立ち上がる。シズクは手を貸そうと勢い良く立ち上がるが、エミルはそれを手で制し、自力でシズクの向かいにある椅子に座った。
「頭がクラクラする……何が起きたかいまいち思い出せない……ですわ……」
頭を抑えながらゆっくりと話すエミル。
もちろん一度死んだなんて考えもしないだろう。だがそれも記憶が戻れば嫌でも自覚してしまう。流石にそれでは刺激が強すぎる。ならばもう伝えておくべきなのか。
シズクがそんな事で悩んでいると、いつの間にか時間が経っていたのか厨房から二つの皿を持った店長が現れ、テーブルに優しく置く。
「目が覚めたか。暴れるかと思っていたが……少し低く見すぎていたようだ。すまない」
店長は軽く頭を下げてエミルに謝罪するが、もちろん何のことか分からないエミルは呆然とするしかない。
すると店長は近くの別のテーブルから椅子を持ってきて座ると、二人を交互に見た。
「その様子だとまだ思い出せていないか。まぁいい。話をすれば嫌でも思い出すだろう」
店長は腕を組むと、その瞬間に辺りの空気が一変するのが分かった。
少し息苦しくも感じてしまうほどの圧迫感。それはエミルも同様なようで、その頬に汗が流れた。
だがそれもすぐに収まる。
「すまない、少し気が緩んだ。……あのバカが居たら嫌でも気を張るんだが、少し気が狂うな」
店長は手で髪を少し乱すと、深呼吸をしてから顔を上げた。
「まあいい。この騒ぎについて説明するとしよう。その間飯でも食べていてくれ」
「……騒ぎ? 何かあったんですの? それとお姉さまは何処に?」
「……あの女が何処に行ったのかは知らん。それよりも今は、お前らの仲間だった『タロー』が何処に行ったかを気にするべきだろう」
そういえば、とエミルは店内を見渡すが、当たり前だがそこにタローの姿はない。
店長はそんなエミルに目を向けると、こう問いかけた。
「奴について何か分かることはあるか? 家族、出身、名前、能力。答えてみろ」
それに対しエミルは、こう返す。
「出身は村じゃないですの? 家族は……聞いた事が無いのですわ。あと名前は『タロー』で能力が──」
エミルはそこで詰まる。
エミル自身は知っている。タローの能力は魔力の吸収。実際にタローが見せてくれたから間違いないだろう。
だが勝手に言ってもいいのだろうか。タローは自身の能力を嫌っている様に見えた。それを勝手に言いふらすのは、人としてどうなのだろうか。
そんな事で悩んでいると、店長は鼻で笑う。
「言っておくが、『魔力の吸収』なんて生温いものではないぞ」
「──っ!」
まるでエミルの心を読んだかの様な返しであった。
エミルは驚愕し、開いた口を塞ぐのも忘れたまま硬直した。
それに構わず店長は話を続ける。
「名前も、出身も、どれも違う。そもそも奴は人間からかけ離れた存在だ」
「どう……言う事ですの?」
「どうもこうもない。奴の魔力吸収はあくまでも過程。奴はそこで止め、利用していたに過ぎない。だからある程度魔力を溜めたら放出する。」
エミルの脳内に過去の記憶が蘇る。
あの時──洞窟内に閉じ込められ、タローが能力を見せてくれた時。確かに吸い込んだ魔力を放出していた。その時タローは『まだ調整が上手くできない』と言っていたが、それは嘘だったのだろうか。
そして最近で言うと合成獣との戦闘時もそうと言える。その時もわざわざ溜めた魔力を放出し、また溜め直してから攻撃していた。調整が出来ないと言えばそれまでだが、それにしては能力に慣れすぎている気もする。
「じゃあ、タローの能力は一体何ですの? それに正体は?」
当然の質問だ。
店長はゆっくりと深呼吸をすると、真剣な眼差しで二人を見つめ、口を開いた。
「奴の正体は──」
▽




