滅びゆく街、謎の人物
爆発音のような、そんな耳を塞ぎたくなるほどの轟音がまた響き渡る。
そんな中マイは、逃げ惑う市民達とは真逆の方向へと走っていた。
見るも無残に倒壊した家に、更には燃え上がる露店。地獄へと足を踏み入れたような、そんな錯覚さえも起こしてしまうほどの状況に、マイは唇を軽く噛む。
「いきなり何よこれは……!! 始まりの街なんて嘘じゃない……!!」
そんな愚痴を吐いていると、男性の叫び声が一際目立って聞こえてくる。
そちらへと目を向けてみると、どうやら倒壊した家に足を潰されたようで、身動きの取れない男性が必死に助けを求めているのが確認出来た。
大半の人は無視して逃げるのだが、一部の人たちが集まり、必死に助けようとしている。だがその瓦礫はなかなか大きく、持ち上げることが出来ていなかった。
一瞬迷ったマイだったが、急いでそこへ駆けつけると、他の者たちに離れるように言って瓦礫を持ち上げて見せた。「おぉ」と感嘆の声が辺りから聞こえてくるが、マイは気にすることなく背中を向ける。
「その足じゃ歩けないだろうから、誰か手を貸してやって頂戴」
それだけ告げると、マイはまた走り出そうとする。
その時であった。
「――この状況の中で人助けか。随分と余裕があるのだな」
くぐもった声が背後から聞こえてくる。
マイは急いでそちらへと目を向けると、そこには限りなく黒に近い赤紫の鎧を纏った一人の人物が当たり前化の様に立っていた。
マイは背筋が凍るのが分かった。
『こいつには勝てない』と、『早く逃げろ』と脳が警鐘を鳴らし続ける。
「安心しろ。お前を攻撃したりはしない」
声からして鎧の人物は男だろうか。先ほどまで足を潰されていた人間に肩を貸す人たちに目を向けると、満足そうに頷く。
「助け合い程綺麗なものはない。それが本来あるべき人類の姿だ。だがもちろんその和を壊すものもいる。存在する価値のない者たちがここにも――」
鎧の男が腰に取り付けた鞘へと手を添えると、その瞬間に大量の血しぶきが吹きあがり、さっきまで騒がしかったこの通りが突如静かになったのが分かった。
マイは恐る恐る顔を後ろへと向けると、目を見開く。
まさに地獄のような光景。先ほどまで逃げていた人たちは皆首から上が吹き飛び、血を流しながら地面に倒れている。
すると怯えた声のような、悲鳴ともとれる声が鎧の男の近くで聞こえた。それは、さっきの人助けをしていた人たちが出した声であった。
「ば、化物ォ!!」
「……」
『化物』と言われても特に反応することなく、鎧の男は逃げる人たちを見逃す。
それを見ていたマイは冷や汗を流しながらも鼻で笑って見せた。
「……貴方の方こそ、随分と余裕があるじゃない。一体何が目的なのかしら」
「目的……? 世界平和以外に何がある」
世界平和、と聞いたマイは辺りを見渡し、更に鼻で笑う。
「やってることは真反対ね」
「……なるほど。確かにそうかもしれない。だが何事も結果平和になればそれでいい。争いが起きるのが醜い失敗作共が居るからなのであれば、それらを我らが炙り出し排除する」
「狂ってるわね……」
マイは腰に携えていた剣を鞘から抜き出し、鎧の男へと切っ先を向ける。
「……なんのつもりだ」
「見てわからないかしら」
マイは一瞬で鎧の男との距離を詰めると、その剣を左から右へと一閃する。
だが、そこにあるべき手応えはない。
「なるほど、人間にしては良い動きだ」
その声は背後から。
マイは振り返り様に剣を振るうが、そこに姿はもう無かった。
「無駄だ。貴様では相手にもならん。素直に逃げておけばいいものを」
その声は、やはり背後から聞こえてきた。
マイは身体を後ろに向け、当然の様に立っている鎧の男を睨みつける。
「これだけ関係のない人たちが殺されたのよ、誰でもないあなたにね。Sランク冒険者として、ここで逃げるわけには行かないのよ」
「Sランク冒険者……だと?」
鎧の男の声に、初めて困惑が混じる。そして鎧の男は首を傾げて見せた。
「その程度で我と戦うつもりか?」
マイの眉間にしわが寄る。
マイはこれまでに、まさに死ぬ気で剣の扱いを練習し、魔物と戦い、ボロボロになりながらもようやくここまで上り詰めたのだ。
そんな死ぬ気で勝ち取ったSランクを、『その程度』で終わらせられてしまった。マイの瞳に、僅かだが怒りが灯る。
「これでも、私はなかなか強い部類に入るのよ」
「そうか」
その様子を見ていた鎧の男は呆れたように首を振って見せる。
「……期待外れだな。所詮は人間か」
「……どういうことかしら」
「非協力的な人間も醜いが、自分に酔った人間もなかなかに醜いと言っている」
鎧の男は鞘に手を掛けた。
マイは攻撃が来ると剣を構え、全方位どこから攻撃が来てもいいように集中をする。
鎧の男は鞘から刀身を少しだけ見せ、そして宣言する。
「──故に、貴様は生きる価値無しだ」
その瞬間。
大量の赤い鮮血が、宙を舞うのであった。




