第四十話.孤児たちと異変
急展開注意
▽
「──働かせるのは駄目だ」
「ですよねぇー」
ティファは苦笑してみせる。
マイの手を借りて表の掃除を終わらせ店に戻ったティファは、今しかないと丁度風呂から上がってきた店長へと孤児たちの事を相談した。
だが店長は、予想通り考える素振りすら見せず即答で断って見せた。
「もし何かトラブルでもあったらどうするんだ。皿を落として火傷したり、酔った客が暴力を振るったりしても俺は責任を取れない」
「で、でも……!」
「とにかく、働かせるのはダメだ。もし店を続けるとしてもどうせ人は来ない。お前だけで十分だ」
店長はそれだけ言うと、厨房へと戻って行ってしまった。
そのやり取りを端で見ていたマイは苦笑する。
「確かに、頑固ね」
「ちょっとくらい話を聞いてくれてもいいと思うんですけど……」
「まぁ店長の気持ちも分からなくも──ん?」
ティファと話していたマイであったが、さっき髪飾りを渡してきた少年がまたマイに近寄り、その足をツンツンと突いてきた。マイが「何かしら」と屈むと、少年がマイの耳元にそっと口を近づける。
「タローおにーちゃんは、信じてるって言ってたよ」
「えっ?」
その瞬間だった。
突如店内に響く轟音……いや、これは店内からではない。街の何処かで発生したものだ。それと同時に地面が揺れ、孤児やティファ、シズクは体勢を崩して地面に手を付いた。
「どうか嫌いにならないで」
そんな中でもその少年は、当たり前かの様に地面に足を付けて立っていた。
少年はまるで使命を全うしたかのような、そんな表情を作りながら微笑んでいた。
「な、何よ……」
「何してるんですのお姉さま!! 早く行くのですわ!!」
エミルの言葉でハッと意識を戻したマイは、それよりもと店の外へと急いで出る。その後ろからティファやシズク、店長も遅れて外へと出てきた。
「うそ……」
「何よこれ……」
エミルとマイは目を見開く。遅れてやってきた他の者たちも、同様の反応を見せた。
空を見上げてみると、黒煙が立ち上っているのが分かる。
それが一つだけなら、ただの火事だとそれほど驚愕することはなかっただろう。だが、その黒煙は街のあらゆる場所から立ち上っていた。ただの火事では考えられない現象だった。
「な、何が起きているんですの!?」
「分からないわ……でもただの火事じゃないってことは確実よ……!!」
街に非常事態を伝える避難警報が鳴り響く。
「あそこだよ」
マイの隣にいつの間にか立っていた少年は、空を指差した。そちらへと目を向けてみると、そこには人影のようなものが三つ確認する事が出来た。 その人影の内の一人が掌を突き出し、魔法を溜めているのが目に入ったマイは舌打ちをする。
「アイツらが街を壊して……!!」
「ちょ、何処に行くんですの!? 一人では危険ですわ!!」
マイはエミルの制止も聞かずに一人走り出していってしまう。
エミルはシズク達に目を向ける。ここに残るべきかマイを追いかけるのかを迷っているのか、交互に見ていた。
すると店長が一歩前に出る。
「こいつらは俺に任せて追いかけるんだ」
「でも……」
「こうしている時間もない。ここは大丈夫だ。早くいけ」
「そうですよ! 早く行ってあげてください!! 私たちは大丈夫です!!」
店長だけでなく、ティファまで追いかけるように促す。
「……任せましたわ」
エミルは心配そうに全体を見渡してから、マイを追いかけようと走り出そうとする。
だが、
「う、ウチも行きます!!」
シズクが震える声で叫んだことにより、エミルはそちらへと目を向けて動きが一瞬止まる。
「……分かりましたわ」
エミルはシズクの目を見てから、こうしている時間も無駄だと言わんばかりに走って行ってしまう。シズクがその後ろに付いて行った事によって、店の近くにはティファと店長、そして孤児たちだけが取り残された。
ティファは店長に近付くと、そのシャツの裾をぎゅっと掴む。
「店長……」
「……お前は子供を連れて冒険者ギルドに居る黒髪の受付嬢を探せ。そいつに付いて行けば安全だ」
「でも……店長は……?」
「……俺はこの店を守る」
「死んじゃいやですよ……?」
「ふん。まだあの食材を使った料理が出来ていない。そんな状態で死ねるわけないだろう」
また凄まじい轟音が街中に轟く。するとその爆発によって飛び散った巨大な瓦礫が、店長を押しつぶさんと空から迫ってくる。
だが店長は片手を盾の様にしてそれを防ぐと、ティファの方へと目だけを向けた。
「早くいけ。怪我をしたらどうする。その五人の子供はお前にしか守れない。そしてこの店は俺にしか守れない。適材適所という言葉を知らないのか」
「わ、分かりましたよもー!! さっ、いくよ皆!!」
ティファは子供を連れてギルドへと小走りで向かっていく。
「……ふん」
その後ろ姿を眺めていた店長は、血の流れる片手をぶらりと力なく下げる。
「下手に格好つけるものではないな」
店長は壁にもたれかかると、すっかりと黒くなった空を見上げた。
「魔王軍……懐かしい響きだ」
店長は鼻で笑い、ポケットから小さなポーチのようなものを取り出す。そしてその中に手を入れると、その中から何故か鞘に収まった剣が現れる。
ポーチの大きさは握り拳程度。普通ならば入るはずもないが、さもそれが当たり前かの様に店長は剣を取り出して見せた。
「『タロー』……か。お前と戦う事にならない事を祈っておくとしよう」
鞘から刀身を少しだけ覗かせると、鞘に収めた。
そして店長はズルズルと背中を壁に擦りながら座ると、静かに目を瞑る。
その瞬間、またどこかで爆発音が鳴り響いたのであった。




