第三十九話.動き出す影
第??話
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どこにあるのかも分からない人里離れた森の中。一人の男が不気味に笑っていた。
「ようやく……ですかねぇ……えぇ、えぇ、ようやくですとも」
男は側に置いていた仮面を手に取り、それで顔を隠した。
するとそこに、赤黒い鎧を身に纏った人物が近付く。
「気色が悪いぞ。言葉を発する暇があるならさっさと準備を終わらせろ」
「準備? そんなものはとっくに終わっていますねぇ。えぇ、えぇ、終わっていますとも。それよりも貴方の方は大丈夫なんですかねぇ。世界の救済において戦闘は避けられない。いま魔王軍に残っているのは僕と貴方だけなんです。いくら人間が弱く脆い存在だとしても、数では負けている。多勢に無勢と言う言葉を知らいないんですかねぇ」
「多勢に無勢? 雑魚がいくら集まった所で所詮雑魚なのには変わりない。それに、コイツがいれば違うのだろう?」
鎧の人物は顔を後ろへと向ける。
そこにはごく平凡な、村人の様な人物が静かに上を見上げながら立っていた。その表情からは生気が感じられない。
「そうですねぇ……今の状態では無理ですねぇ。えぇ、えぇ、勝つなんて不可能だ。今の状態は人間としての姿。戦闘力はほぼ皆無ですねぇ……」
「皆無……だと……? 話が違うぞ」
突然突風が吹き、木が揺れる。
切り取られたかの様な動きで男に接近した鎧の人物は、いつの間にか握っていた大剣を男へと振るっていた。遅れて辺りの木が切断され、無残にも地面に倒れていく。
だが鎧の人物は舌打ちをした。目の前の男にその攻撃を片手で防がれていたのだ。
「この感じだと準備は終わっているようですねぇ。えぇ、えぇ、これなら魔王の復活は早そうだ」
仮面を付けた男は笑いを含んだ声でそう言うと、ただただ立ち尽くす男へと目を向けた。
「では早速始めましょうか。魔王を……『始まりの化物』を復活させ、世界を救済する。まずは手始めに近くの街でも壊しましょうかねぇ」
「……ふん、詳しい説明は無しか。これだから貴様が嫌いなんだ」
「お互い様ですねぇ。僕も貴方が嫌いです。ですが、貴方の目的は世界平和。そして僕が世界の救済。僕達の目的は偶然にも同じだ。そしてその目的を達成するにはこの最恐の『化物』が必要。協力するしかないんですよ」
「……それは分かっている。目的を達成するまで貴様を殺せないのには腹が立つが、世界を平和に出来るのなら多少は我慢しよう。殺すのはその後でもいい」
「おぉ怖いですねぇ。ですがそのくらいが丁度いい」
さっきまで陽気に喋っていた仮面の男だったが、その最後の言葉に笑いはなく、明確な殺意が込められた声で呟く。
「さぁ、醜い人類を滅ぼす時間だ。準備はいいですか魔王──」
魔王、と呼ばれた人間は仮面の男の方を睨むようにして見ると、仮面の男は分かったといわんばかりに首を振った。
「──いえ、今は『タロー』と言った方が良さそうですねぇ」




