第三十七話.絵本
すみませんまた投稿忘れてました。気を付けないと……
張り詰める空気の中、エミルは固唾をのむ。
いつもエミルに対して怒るときでも、こんな事になることはなかった。一番怒られたときでも、やはりそこには優しさが存在していた。
だがいまのマイには優しなんてものは存在しない。今にでも斬りかかってきそうな、そんな雰囲気しか感じることが出来なかった。
ナズナがあの時、マイに対して魔王軍の話を避けた理由はこれが原因かとエミルは納得すると同時に後悔する。軽く発言するべきものではなかったと。
「あ、あのー……」
するとそんな空気の中でも、勇気を振り絞って声を掛けたのはティファであった。
マイがそちらへと目を向けるとティファは身体を少し震わせるが、それでも逃げずに立ち続けた。
「……なんて、冗談よ」
マイは鼻で軽く笑って見せると、さっきまでの緊張感が嘘かの様に消えてなくなってしまう。
「どうせナズナから聞いたんでしょ? 私の村が魔王軍に壊された事。別にそんな話気にしなくていいわよ。あれは私の思い違いだから」
「……へ?」
マイから放たれた衝撃な言葉に、思わずエミルは間抜けな声を出してしまう。
「昔から私は絵本が好きなのよ。特に勇者と魔王の戦いが描かれた絵本がね。そんな時に魔物に村を壊されてしまったら魔王軍の仕業だって思っちゃうでしょ? 子供なんだから」
マイはそう笑って見せるが、やはり話していて辛いのだろう。その表情は何処か暗くも見える。
「それで、その魔王軍がどうかしたのかしら?」
マイが首を傾げる。
「あ、いや、その……」
あの空気の後だ。とても魔王軍の事について聞くことも出来ず、エミルはたじたじとしてしまう。
すると、意外にもティファがその話に入ってきた。
「懐かしいですねー。私もよく読んでいましたよ! 特に勇者タロウと魔王アレクサンドロスの戦い!! あれは大好きでまだ持ってますよー」
「あら、分かってるじゃない。私もその話が一番好きよ。最後タロウが死んじゃうのは驚きだったけれどね」
「あぁ分かります!! 私もそこで泣いちゃって……。最後の最後に自分を勇者だと認めるんですよね。大切な人を守るために勇者になって自分を犠牲にして魔王を倒すなんてかっこよすぎますよ……!!」
「その気持ち分かるわよ」
笑みを浮かべながら再び頬杖を付き、ティファと絵本の話で盛り上がるマイを見ていたエミルは、良かったと肺に溜まっていた空気を吐き出した。
これからは魔王軍の話を避けようと心に誓うと、エミルもその話に耳を傾ける。
「でもその話に出てくる勇者の専属メイドが悲しみのあまり自殺をしてしまうのが惜しいですよね……。この話を書いた後に、勇者の後を追う様に自殺をしたらしいですよ」
「それは何処情報かしら?」
マイは呆れたように笑いながら問いかけると、ティファは誰かからそう聞いたと曖昧な感じで答えた。
そんな信憑性のない話にマイはまた笑う。
終わりの見えない会話。付いていけなくなったエミルはずっと目を点にして固まるシズクに目を向けると、珍しくエミルの方から話しかけた。
「貴方、少し話をしてもよろしいですの?」
「え、えっ!? う、ウチですか……!?」
話を振られると思っていなかったのだろう。シズクは慌てた様子でエミルに再確認する。
「貴方以外に誰が居るんですの……」
エミルは呆れたように首を振ると、椅子の背にもたれかかった。
「今更感はありますけど、貴方の治癒魔法について教えて欲しいんですわ。あれはお母様に教えてもらったんですの? あの時合成獣と戦った時に体内から毒だけを抜き取っていたけれど、あんなの見たことが無いんですわ」
「そ、そうです……。あれは体内にある『害』となるものを取り出す魔法です……だから……病気とかも軽い奴だったらすぐに治せます……」
「べ、便利ですわね……」
エミルはぽつりと呟くと、シズクは照れ臭そうに顔を俯けた。
「それは魔女の力ですの?」
「こ、これは普通の魔法……誰でも使えるやつです……」
その言葉にエミルは露骨に嬉しそうな顔を作ると、
「な、ならわたくしに教えてくださってもよろしくて……?」
「だ、大丈夫だと……思います……」
シズクは控えめに頷くと、エミルは隠す気もなくガッツポーズを取るのであった。




