第三十六話.話
完全に投稿するのを忘れてました。すみません。
店の中へと入ったマイたちは適当な席に座ると、そこへ店長がやって来る。
「外で解体をしてくる。少し待たせる事になるが、待つ程の価値がある味なのは俺が保証しよう」
大量の刃物を腰に携えた店長は返答を聞く事なく外へと出ると、その背中を見送ったマイは頬杖を付きながらエミルへと目を向けた。
現在エミルは店員であるティファと何か話しているようで、マイへの視線に気付かない。
(やっぱり、なんだか最近落ち着いてきたわよね。この前まで『お姉さまぁ~』だったのに)
今ではそんな様子があまり見られない。確かにたまに発作の様に出ることはあるが、昔に比べたら頻度はかなり減った。
そんな事を考えていると、エミルがマイの視線に気付いた。
「何か付いてますの?」
「いや、そういう訳じゃないのだけれど……前まで私にべったりだったのに、今ではあまりそういう様子が見られないから変わったのかななんて考えていたのよ」
「……そうですの?」
エミルはあまり実感がないのか首を傾げているが、その行為ですらマイからしたら驚きを隠せない。普通ならばここで抱き着く。それが今までのエミルなのだ。
なぜこんなに変わってしまったのか。マイは正直これでいいと思っているのだが、やはり少し寂しさも感じてしまう。どうせなら何故変わったのかの理由を知りたかった。
(変わり始めたのはつい最近……タローと一緒にクエストに行ったときくらいからかしら)
それならばその時に何かあったとしか考えられない。タローが口説くなんてこと有り得るはずがないのはマイも分かっているが、ならば他に何があるのか。
(そういえばエミルはタローの能力について知っていそうだったわね……)
この前聞いた時は知らないの一点張りだったが、マイに対してということもあってかあからさまに動揺していた。
「エミルはタローの能力について知っているのかしら?」
「ブフッ!! けほっけほっ……」
運ばれてきた水を飲んでいたエミルは、突然の質問に動揺してか吹き出してしまう。
エミルは暫く咳き込んだ後、涙目になりながらも慌てて手を横に振った。
「知りませんの! ブタローの事については全くこれっぽちも知らないですの!!」
「んー……」
ここまで焦ると逆に怪しくなるのだが、それに気付かないエミルは今もひたすら否定し続けている。
恐らくタローに口止めをされているのだろうが、それにしても嫌いな相手の事を隠し続けるのはエミルにしては珍しい。
つまり、エミルは口では嫌い嫌いと言っているが、実際は結構仲がいいのではないだろうか。何故マイに隠すのかは分からないが、マイにはそうとしか考えられなかった。
「エミルはタローの事をどう思っているのかしら」
それは口にだすつもりはなかったが、マイの悪い癖だ。思っていたことを口に出してしまった。
するとエミルはピタリと止まると、いつもの様に固まったままではなく、少しだけ笑みを浮かべて見せた。
「悪い奴じゃないですの。それは嫌という程分かったのですわ」
水が少なくなったグラスをいじりながら昔を懐かしむかのように微笑むエミルに対し、マイは少しムスッとしてしまう。
「いつの間にか仲良くなってるみたいじゃない。前まではあんなに嫌っていたのに」
「そ、それは……その時はブタローの事が良く知らなかったからで……」
「じゃあ今は知っているのかしら?」
「うぐ……」
まるで心に掛かるもやもやを無理矢理振り払うかのように、マイは強めの口調で問いかけた。エミルは言葉に詰まると、マイから目を逸らして顔を俯かせた。
「あっ――……ごめんなさい。気にしないでいいわよ」
そこでようやく強めに喋ってしまっていたことに気付いたマイは謝罪すると、エミルは何度か控えめに頷いてから顔を上げた。
「……詳しくは喋れないですの。ブタローがお姉さまだけには秘密にしていてほしいって言っていたんですわ。だからお姉さまには言えないですの」
「そう……。まぁ大体予想はしていたわ」
「ただ」
エミルはマイの言葉が終わった瞬間に付け加える。
「お姉さまは昔、ブタローに会ったことがあるかもしれないですの」
「……はい?」
マイは理解が追い付かず、間抜けな顔を作り出してしまう。だがエミルは至って真剣な表情でマイの瞳を覗いていた。
「あの時、タローが記憶を失う直前ですわ。『僕の事を知ったらお姉さまとはもう居られない』と言っていたんですの。何か心当たりはないですの?」
「心当たりと言われても……確かに私は村人上がりだけれど、タローの様な人はこれっぽっちも知らないわよ。名前すら聞いた覚えが無いもの」
「……そうですの」
不思議そうに首を傾げるエミル。
そんな時エミルは、ナズナから言われたあの言葉を思い出した。それと同時にあの疑問も。『タローがマイの村を破壊した』その可能性を。
「……お姉さま。いきなりで悪いのですけど、魔王軍――」
「誰から聞いたのかしら」
魔王軍、その名前を出した瞬間、まるで剣の切っ先を心臓に向けられているかのような錯覚に陥るほどの緊張感が場を支配した。




