第三十二話.店員と店長
会話を多めにしてみました。どちらがいいでしょうか。
三十二話.
無事何事もなく昼ご飯を食べ終わり、マイは会計の為にお金の準備をしていた。
そこに、さっきまで厨房から顔を覗かせていた女性店員が、おろおろとしながらマイのもとに近付いてくる。
「あ、あのー……」
「……? 何かしら?」
マイが顔を向けると、店員は言いにくそうに指を遊ばせ、最後に申し訳なさそうに笑う。
「少しお願いがありまして……」
「お願い?」
「は、はい」
店員は頷くと、何処からともなくクエスト用紙らしき物を取り出し、マイに渡した。
「実は最近魔物が強くなってきている影響からか、食材の調達が難しいんですよ……特にお肉ですね!」
「あー……確かにそうね」
「値段が高すぎてとても買えるものじゃなくて……だからいっそのこと冒険者に頼もう! って事になったんですが……このお店に来てくれる冒険者なんていなくて……冒険者ギルドに居る人たちは怖いし……」
「あぁ……」
マイは店内を見回し、確かに客を見たことが無いと苦笑する。
「そ、そこで貴方達が冒険者だと聞いて! まぁ盗み聞きですが……」
「ちょくちょく覗いてきていたのはそれが理由ね」
「うっ……すみません……」
店員は謝罪の意を込めて頭を下げるが、マイはすぐに頭を上げさせる。そしてまた苦笑して見せた。
「別に盗み聞きしなくても私を見たら冒険者だって分かると思うのだけれど……」
マイは見やすいように手を広げてその姿を見せると、店員は眺めているのか暫く固まって動かなくなる。
マイの姿はレザー装備一式に白銀の剣。エミルとタロー、シズクは今は武器を所持していない為冒険者だとは思われないかもしれないが、マイは武器を所持している為冒険者だと分かる姿になっている。
それでやっと意味を理解したのか店員は手と膝を地面につけた。
「な、何故私は気付かなかったんだろう……」
ありえないと言わんばかりの低い声で自己嫌悪に陥っている店員に、マイはこう思ってしまった。
(あ、この子、いわゆる天然って人かしら)
流石に言葉には出さなかったが、顔に出ていたのだろうか。立ち上がった店員がマイの顔を見ると、露骨に肩を落とした。
「よく言われるんですよ……特に店長から『お前は天然がすぎるから心配だ』って……」
「店長って、この前のがたいのいい人の事かしら」
「そうです! 私は天然なんかじゃないのに店長はいつも私を天然だ天然って! 私は子供じゃないんで天然なんかじゃないです!!」
ふんす! と鼻息を荒くしながら文句を言う店員だが、マイは呆れた様子で首を横に振った。
「それで話を戻すけれど、食材の調達ってイノシシとかを狩ればいいのかしら?」
「はいそうですね! 野菜などはこちらで何とかするので、今はとにかくお肉が必要なんでぷぎゃ!?」
突然女性店員の頭にチョップが入る。
店員の後ろに目線を移すと、そこにはさっき店員が言っていた店長がそこには立っていた。
見た目もそうだが、雰囲気からして歴戦の猛者感が出ており、気迫が凄まじい。
こんな人が調理している姿を想像出来ないのだろう。魔物を薙ぎ倒している方が似合っていると初めて店長の姿を見たエミルとシズクは思ってしまう。
「なかなか戻って来ねぇと思ったら何勝手に頼んでんだ」
「て、てんちょー!! 私はこのお店のピンチを救いたいだけでイダダダダダダダダダ!! いだいですよ!!」
店長は店員の頬を引っ張るのをやめると、涙目になりながら睨む店員を置いて一度だけ頭を下げた。
「すまない。このバカの言うことは気にしないでくれ。これはこちらの問題。客を危険な目に合わせる訳にはいかない。肉の調達は俺が何とかする」
無愛想にそれだけ言うと、店長は店員の後ろ襟を掴みながら厨房へと戻ろうとする。
「待ちなさい」
マイはそれを引き留めると、溜息を付いた。
「お堅い人間ね。今の客は私たちではなく貴方たちよ。それに、料理人が無理をするわけにはいかないんじゃないかしら。危険な仕事は私たち冒険者に任せなさい」
「む……だが……」
「安心しなさい。慢心するつもりはないけれど、私とあっちのドレスを着てるエミルはSランク冒険者よ。並大抵の事では死なないわ」
マイはそう軽く笑って見せると、店長は顔には見せないモノの判断に迷っているのか顎に手を添え、悶々とする。
そして暫くすると、店長は首を振りながらマイの姿を視界に入れた。
「こちらとしては嬉しい限りだが、残念ながらこちらには払えるほどの金が無い。やはりこの話は無かったことにしてくれ」
「てんちょー!?」
「うるさいぞティファ。どうせ食材を調達しても客が来なければ意味がない。客が来ても人手も居なければ店は回らない。これが俺たちの限界だ。大人しく店を畳む」
店長はそれだけを言うと、もう何も話さないという雰囲気を醸し出しながら厨房へと戻っていく。
店長からティファと呼ばれた女性店員は、おろおろとしながら店長とマイとを交互に見ていた。
「す、すすすすすみません!! 店長機嫌がいまはあまり良くなくて! いつもはもっと優しいんですよ!!」
「え、えぇ。何だか前回よりも棘が多かったからそんな気はしていたわ」
店員──ティファの言葉に、マイは苦笑しながらクエストをティファへと返す。ティファは渋々それを受け取ると、ぼーっとその用紙を眺めた。
「せっかくクエストを作ったのに……まぁ手作りだけど……」
「あら、それ手作りなの?」
「あ、そうです。さっき店長も言ってましたが、お金がないのでギルドに頼めないんですよ」
「そう……」
あからさまにテンションを低くするティファは、クエストを丁寧に折り畳んでエプロンのポケットにしまった。
その様子を見ていたマイはタローやエミルと視線を交わすと、頷く。、
「それで、何の食材が必要なのかしら?」
「出来ればイノシシの魔物のお肉が美味しいのでそれを――え? 受けてくれるんですか!?」
驚愕の声を上げてから、目を星にする勢いでティファはマイに急接近した。
「いえ、クエストは受けないわよ」
マイは当たり前だと言わんばかりに答えると、さっきまで輝いていたティファの姿から色が抜けていく。
「あぁ、言葉が足りなかったわね。クエストとして受けると報酬を受け取らないといけないのよ。だからクエストは受けずにその『頼みごと』は聞くわよ。前回サービスしてくれたお礼と思ってくれたら嬉しいわ」
マイは悪戯っぽく笑うと、マイの言葉を聞きながらプルプルと震えていたティファは目に涙を浮かべながらマイへと抱き付く。
「ありがどうございまずうぅぅぅぅぅぅぅうぅっぅうぅぅ!!」
「なっ、お姉さまに抱き着いていいのはわたくしだけですわ!!」
これにはエミルが黙っておらず、エミルはティファを強引にマイから剥がして代わりにマイが抱き付く。
「ちょっと離れなさい!! 鬱陶しいのよ!!」
「あん! 反応の違いが心に刺さりますの!!」
マイは強引にエミルの拘束を解くと、一度溜息を付いてからティファの事を見た。
「あとは客の問題と人手の問題ね。まぁ集客は私とエミルが居れば一瞬だろうけれど、人手は私たちじゃどうにも出来ないわね」
「い、いえ! 食材を調達してくれるだけでも本当に助かるのでそこまでして頂かなくても大丈夫です!!」
ティファはそういうが、マイはあまり納得していないのかずっと顎に手を添えて考えていた。
するとそこに、タローが何か言いたげにマイの元まで近づく。
「難しい話は良く分からないんですけど、その人って子供でも大丈夫なんですか?」
「えっ? ま、まぁ居ないに越したことはありませんからね……。店長は多分反対しますが……私はいいと思います!! 子供って可愛いですし!!」
その言葉を聞いたタローは嬉しそうに表情を緩めると、ほっと息を付いた。
「それなら多分人についても大丈夫ですよ。喜んで協力してくれると思います」
「ホントですか!?」
ティファはタローの手を取ると、その嬉しさを表すように大きくぶんぶんと手を縦に振った。
その様子を見ていたマイとエミルは少しムスッとした表情を作ると、その間に割って入り、二人を引き離す。
「……取り敢えず出来るところまでは協力するわ。せっかく美味しいお店なのに、なくなるなんて嫌だもの」
「あ、ありがとうございます!!」
ペコペコと頭を下げるティファに複雑な感情になりながらも、マイは少し笑って返した。




