第二話.迷子とSランク冒険者
そんな受付嬢からクエストを受け取ってから三日が経過した。
「よし……準備出来た」
今日はついに、待ちに待った訓練の日である。身だしなみを綺麗にするために入念に洗った茶色い無地の服を着て、長ズボンを履いていく。
(でもSランク冒険者かぁ…ランクが高いって事は僕よりも遙かにお金持ち……)
タローはお金持ちのイメージである小太りした中年のおじさんを思い描く。ワインが入ったグラスを持ち、金歯を見せて笑うその姿を。
「……悪い人じゃなかったらいいケド」
そんな事を呟きながらタローは準備を終わらせると、準備体操をしてからクエストに記されている場所へと向かう。
流石にこの街に来てから一ヶ月も経っている為慣れたのだろう。迷いなど感じさせないほどその足取りは軽い。
「えぇーと……ここを左に曲がって……次のここで右で……あれ? 何処だここ」
間抜けな声を出してしまうタロー。自信満々で歩き、何度も曲がり曲がってやがて行き着いた先は行き止まりであった。
タローは首を傾げると、しわくちゃになった地図をポケットから取り出し、広げる。
「んー……地図の何処にいるのかもわからない……」
地図が読めないと判断したタローは地図を閉じると、キレイに折りたたむことなくまたポケットに突っ込む。
(人に聞くことも出来ないなぁ……)
路地裏などでは無い筈なのだが、人の通りが無いと言ってもいい程人が居ない。行き止まりであるため当たり前といえば当たり前なのだが、人気が感じられないのはタローにとって少し心細く感じられる。
「どうしようかな……時間はまだ余裕がある筈だけど……もし遅れたりしたら……」
タローの中でのSランク冒険者像である小太り中年おじさんが怒っている所を想像し、タローは少し体を震わせた。
「だ、駄目だ……絶対にパーティを組んでもらえなくなっちゃう……」
それだけは避けたいタローは、キョロキョロと辺りを見渡す。
自分が来た道を確認しているのだろうが、残念な事に道は三つへと分かれている。地図を見ながら迷ったタローにとってこの選択は
果たして自分は左から来たのか、それとも右から来たのかがタローには分からなかった。
「ど、どうしよう……でも道は聞けないし……というかなんの為にこんな所あるんだ……」
タローはすがるように再び地図を取り出すと、にらめっこする。だが残念な事に、そこから得られるものは何も無かった。
「仕方ないか──ん?」
進んでみなければ分からない。
そんな考えに至った所で、カツ、と一つの足音が聞こえた。そちらへと目を向けると、右の通路から白銀の鎧を身に纏った女性が歩いてきているのが見える。腰には鞘に収めた剣を携えており、歩く度にカチャリと音を立てている。
髪は腰ほどまで伸びており、建物の間から覗いた太陽光がその髪を金色に輝かせる。まるで絵画から飛び出してきたかのように絵になるその姿は、タローが暫く目が離せなくなってしまう程であった。
そんな女性はタローに気付いていないのかため息を付くと、地図とのにらめっこを続けた。
「もう……ここは何処なのよ……。ていうかこの無意味な空間は一体何よ……!」
どうやら彼女もタローと同じで、地図を見ながらも道に迷ってしまったようである。
同じ人が居て良かった、とタローはその女性に駆け寄ると、女性もこちらに気付いた様で、安心した表情を浮かべた。
「良かったー……。この街に来たばかりで……道を教えて頂きたいんですけど──」
「あ、あぁー……ははは、すいません。僕も迷ってるんですよ」
タローは言いづらそうに事実を告げると、女性はぽかんと間抜けに口を開ける。
少し見えた希望が一瞬で破壊された女性はハッと現実に意識を戻すと、「そうですか」と明らかに落ち込んだ顔と声量で呟いた。
タローはそんな女性に対し笑うと、
「一緒に歩きませんか?」
と誘い、その言葉に女性は頷く。
タローもそれに釣られて頷くと、クエスト用紙を取り出した。
「じゃあ何処に行く予定なのか二人で確認しときましょう」
「そ……そうね。私はここなのだけれど……」
そう言って、女性も腰に下げていた小さなポーチからクエスト用紙らしきものを取り出した。
小さなポーチに絶対に入らないであろうクエスト用紙を見てタローは少し唖然とするが、すぐに持ち直して自分の持つクエスト用紙の目的地を確認する。
「えぇっと……僕はこの噴水広場って所なんですね……」
「えっ? 私もそこよ?」
「え?」
二人は顔を見合わせる。
そして互いの持つクエスト用紙を確認し、二人共間抜けな声を出した。
「え、え? えぇー!?」
タローは何度も何度も女性とクエストを交互に見る。
女性が持つクエスト。その内容は、『Fランク冒険者を訓練する』という内容であった。
それが意味する事とは。
「も、申し遅れたわね。私の名前はマイ。一応Sランク冒険者をやらせて貰っているわ。それと……」
マイは何処か気不味そうに頬を掻くと、
「貴方達Fランク冒険者の教官を任せられている……のかしら」
ハハハと弱々しく笑う女性──マイの言葉に、思考が追いつかないのか暫く固まるタロー。
だがその後、再びタローが叫んだのは言うまでもない事である。