第二十八話.エミル、マイVS合成獣(原作)
何とか間に合った、とマイは息を付く。
「おかしいわね。タローが討伐した筈なのだけれど」
マイは腰に携えた剣を引き抜くと、少しだけ肩をすくめて見せる。その頬に汗が流れているのを見ると、相当急いでここまで来たのが見て取れた。
「走ってきて正解でしたわ……」
エミルも流れる汗をドレスの袖で拭う。
森へと向かって歩き始め、少し経った時だった。突然天候が悪化し、更にエミルが並ならぬ魔力を森の方面から感じ取った。
これはただ事ではないと急いでこちらへと駆け付けてきたはいいがそこにタローの姿は無い。というのも、駆け付けている際タローも付いてきていたが、途中で疲れ果て、先にこの二人がこちらへと駆け付けてきたのだ。
「そこの貴方! 取り敢えず今は逃げるのですわ! わたくしたちが足止めしますの!!」
転んだのか、地面に手を付きながら動かなくなっていた僧侶らしき女性に、エミルは逃げるよう呼び掛ける。
その僧侶は声に反応してエミルの顔を見るが、目を見開いたままで動く気配は無い。恐らくだが腰が抜け、動けないのだろう。
すると合成獣に動きが。
ゆっくりとだがエミルをその紅い瞳で睨みつける。その瞬間にエミルは後方へと大きく飛ぶと、さっきまでエミルが立っていた『空間』がまるでガラスの様にひびが入るのが分かった。
「笑えない冗談ですわね」
エミルだからこそ魔力の流れを感知し避けることが出来たが、視覚的には何もない。つまり、魔力の流れを見ることが出来るエミル以外ではマイでさえも避けることが出来ない攻撃だった。
エミルはマイと視線を交わすと、頷く。
「お姉さまは逃げるのですわ!!」「私も戦うわよ!!」
「「えっ?」」
真逆の事を叫んだ二人はぽかんと口を開けて固まるが、マイとエミルはそれぞれ左右に分かれて飛び、合成獣の音速並の速度で飛んで来た毒液を避けると、漆黒の合成獣ではなく何故か二人で睨み合った。
「お姉さまには見えない攻撃をしてくるのですわ!! だからそこの女性を助けて逃げて欲しいですの!!」
「何言ってるのよ! こいつはSランク一人で相手できる相手じゃないわよ!? そこの女性には自力で逃げて貰うしかないのじゃないかしら!!」
二人は緊張感鳴く叫びあっているが、その間にも合成獣の攻撃は続いている。だがそれらを全て二人は避けながら言い合っているのだ。
もちろん倒れて動けなくなっている僧侶に当たるであろう攻撃は魔法で流したり剣で流したりとしているが、それでもやはり喋りながらというものには限界がある。
「くっ──!!」
エミルは攻撃が避けきれず、横腹を毒液が掠っていく。ドレスの生地を溶かしていき、ついにそれは肌にまで及ぶ。焼けるような音と共に溶けていくのが音で分かった。
「エミルッ!! チッ──」
マイは舌打ちをすると、毒液を魔力で覆った剣で弾き飛ばした。それは木に衝突すると、穴を空けると同時に内側から溶けていくのが見て取れた。
エミルの体に毒が回るのも時間の問題。ここは短期決戦で挑むしかないが、この魔物自体二人で挑んで勝てるかどうかも怪しいのに守りながらというのはきついものがあるだろう。
こんな時にタローは何をしているのか。タローが居ればいつもの様に前回の様に一撃で倒してくれる。
そんな事を考えていたマイは歯を食いしばる。
「掠っただけですの! わたくしは大丈夫ですわ!」
エミルは何とか立ち上がると、マイにそう伝える。だが明らかにその横腹からは血があふれ出ていて、大丈夫だとは到底思えない状態であった。
だがそれをいちいち言っているようではコイツには勝てない。さっきのように少しでも油断してしまうと攻撃を喰らってしまう。
マイは安物の剣を地面に突き刺すと、エミルも掌を合成獣へと伸ばした。
「さて、Bランクからどれだけ強くなったか見せてもらうわよ」
「言われなくてもそのつもりですわ」
今度こそ二人は同じ意思を持って頷くと、
「バリアを張って!!」
「分かりましたわ!」
マイの剣が地面に突き刺した切っ先から淡く光っていくと、マイは剣を引き抜く。それと同時に風が少し舞い、マイの黄金の髪をなびかせた。
合成獣の眼が一層紅く光る。
「来ますわ!!」
エミルの声と同時にマイは後方ではなく前方に飛ぶと、また空間にひびが入るのが分かった。マイはそれを利用して合成獣との距離を詰めると、合成獣の顔面に剣を斬るのではなく叩きつけた。
「やっぱり硬いわね……でも終わらないわよ」
マイは握る力を強くすると、間近で合成獣とにらみ合った。
「吹き飛びなさいッ!!」
剣がより一層強く光り出すと、突然そこから強い爆発と共に衝撃波が走った。それは辺りの木を吹き飛ばす程の威力であったが、エミルが魔力で作り出した盾のおかげで動けないでいる僧侶には影響がなかった。
マイは目を凝らす。合成獣が何メートル吹き飛んだのか分からないが、塵などで姿が見えない。
「まだピンピンしていますわよ」
「そうだろうとは思ったわ。手応えが無かったもの」
マイは殺気の攻撃によって折れた剣を一瞥してから捨てると、肩を竦めた。
「竜でも無視できない攻撃な筈だけれど……やっぱり別格みたいね」
塵の中から傷一つない合成獣が現れる。どうやら吹き飛んだだけだったようだ。
「お姉さま。今度はお姉さまがバリアを張ってくださいまし。なるべく全力で。壊れないように」
エミルが大きく目を見開く。
「我が焔の前では灰も無し。冰は大地を砕き、嵐は全てを刻む。それ即ち、我が魔法に一切の敵無し」
チリッ、とマイの肌が何かを感じ取ると同時に、エミルを中心に巨大な魔法陣が展開される。その辺りからは蛍のような何かが飛び回る様になり、幻想的な空間を生み出した。
「わたくしの全てをここに集めましょう。その余裕は持ちませんわよ」
合成獣は動かない。まるでエミルを試すような、そんな状態の合成獣にエミルは告げる。
「――【属性一斉爆破】」
パチっ、と火花が飛んだと同時に、耳を塞いでも鼓膜が破れるのではないかと疑いたくなる程の轟音が響き渡る。
合成獣を中心に爆発が発生したのだ。しかもそれはただの爆発ではなく、炎、氷、風の三種類の属性爆発を全て詰め合わせたかなり強力な爆発魔法。
もちろんマイ達に被害が及ばないよう爆発の範囲は抑えているが、それでも地面が抉れ、木が消し飛ぶほどの威力。いくら原作の合成獣とてタダではいられない威力だろう。
「相変わらずダサい詠唱ね」
「そうですの? わたくしは気に入っていますわ」
二人は近寄ると、鼻で笑う──が、次にエミルは驚きで目を見開き、有り得ないと首を何度も横に振った。
ぽつぽつと雨が降り出す。それはさらに強くなっていき、やがて雷の重い音が鳴り響くレベルにまで天候が悪化していった。
「魔力による気候変化……まだ強くなるんですのコイツは……!!」
塵の中からは、魔力量が白くなりかけている反応。更に、弱っている様子も伺えない。ダメージが通っているかどうかも怪しい所だった。
「レベルが違いますわ……!!」
タローが居ない今は逃げるしかない。戦うとしてもマイは剣がなく、エミルも今ので全てを出し切った。正直な所、これ以上戦う事は自殺をする事とほぼ同じ事であった。
逃げよう、そう伝えようとした瞬間に、それを察したであろうマイが優しく笑みを浮かべた。
「私は逃げないわよ」
「なっ──」
マイも今の状況が分かっている筈だ。
でも、マイは逃げない──即ち戦闘する事を選択した。
「このまま戦っても負けますわ!! この女性を街に運んで準備を整えてからまたここに来たらいいと思いますの!!」
「それじゃ遅いわよ。これだけ強い魔物だもの。ちょっと放置したら何しでかすか分かったもんじゃないんじゃないかしら」
マイは目を瞑ると、右手を横に突き出した。そこから魔力が伸び、森の何処かへと飛んでいくのがエミルには見て取れた。
「負けるって分かってて……何で……そこまで戦えるんですの……?」
「そうね」
何処からともなく白銀の剣が飛んでくると、それは本来あるべき場所だと言わんばかりにマイの手に収まる。
「タローの言葉を借りると、肝心な時に逃げる為に冒険者になったんじゃないから、かしらね」
薄く笑みを浮かべながらそれだけ言うと、エミルは地面に剣を深々と突き刺し、塵が晴れた先に居る合成獣を静かに見据えた。
マイの最後の言葉どっかで聞いたことがある様な……という方は第五話付近を見たらありますので、また見返してみては如何でしょうか!
次回もまた戦闘です。




