第二十七話.雑談と僧侶のピンチ
「あ、やっと出てきたわね」
外に出た直後に、マイから声が掛かる。
どうやらマイたちはギルドを出てすぐの所で待っていたらしく、──ギルドから出た直後にマイがエミルを捕まえたからだが──何をしていたのかといわんばかりに目を細めた。
「ははは……すいません」
いつも通り笑って誤魔化すタロー。それを見たマイは、軽くため息を付いた。
「記憶は無くなってもそれは相変わらずね。何だか少し安心したわ」
マイは薄く笑みを浮かべると、「行くわよ」と地面に転がるエミルを引きずって先頭を歩いていく。タローもその隣に並んで歩くが、やはり気になるのか引きずられるエミルへと顔を向けていた。
「あの……大丈夫なんですか?」
「ん? あぁ、気にしないでいいわよ。本当はお仕置きのつもりだったのだけれど、ご褒美になってしまっただけだから」
マイの言うとおり、確かにエミルの顔は赤く火照り、息を荒げていることから興奮している事がひと目で分かる。
だが、タローが目を付けていた場所はそこでは無かった。
「そのスカートとか……高いんじゃないですか……?」
エミルの服装は赤を基調にしたドレスだが、所々に金の装飾が付いており、見た目からしてもう高級感が漂っているドレスだった。
いつも金欠なタローにとっては、やはり嫌でも気になってしまう部分だったのだろう。
するとエミルが首を動かし、緩みに緩みきったその顔をタローへと向けた。
「うへ……大丈夫ですわ……この程度で傷が付く安物ではありませんの……それに愛があれば破れようが何だろうが関係ないのですわ……!」
「いや駄目ですよ……」
呆れたように返すタローだが、当のエミルは聞いている様子がない。
そんな変わる様子を見せないエミルに、まぁ喜んでるならいいのかな、とタローは半分妥協する形で何も言わなくなるのであった。
「でもこの調子であの人達に追い付けるんですか? 走ったりした方がいいんじゃ……」
一向に走る気配を見せない無いマイに心配になったのかタローは問い掛けると、マイはきっぱりとこう答えた。
「大丈夫よ。今頃街を出たあたりじゃないかしら」
「そうですか……」
マイの言葉はあくまでも予想でしかないが、マイが適当に言っているようには見えない。
「あ、そういえばあの冒険者たちの行き先が何で分かったんですか? ナズナさんに聞いたとか?」
「まぁそんなところよ」
マイは内緒にするようにと左手を唇へと持っていくと、薄く笑って見せた。タローはそれに苦笑で返すが、まだ気になることがあるのかあまり表情はパッとしていなかった。
「どうしたの?」気になったマイは聞いてみると、タローは言いにくそうに頬を掻いた。
「あの……ナズナさんと僕って、昔何処かで会っていたりするんですかね……?」
もちろんそんな事マイが知るはずもないが、マイは笑うことなく真面目に過去を振り返って考える。
「ナズナと出会ってからもう結構経つけど……タローの事について聞いたことはないわね」
「やっぱりそうですよね……」
タローの胸中にはもやもやだけが積もっていくだけで、それが消えることはなかった。
肩を落とすタローだったが、あ、でも、と何か思い出したのかマイはタローへと目を向けた。
「私がナズナから剣を教えてもらっている時によくこんな話をしてくれたわよ。『好きな人を追ってアタシは逃げてきた』って。内容はよく覚えていないけれど……」
「そうなんですか──ん? え? マイさんってナズナさんに剣を教えてもらっていたんですか!?」
「あぁ、そういえばナズナの昔を知らないのよね」
タローの驚愕の声に驚くこともなく、マイは昔を懐かしんでいるのか珍しく苦笑を浮かべる。
「ナズナは剣の達人よ。今はどうか知らないけど、昔のナズナには多分今でも勝てないわ。それくらい昔の彼女は強かったかしら」
「マイさん以上……」
まさかいつも優しく受付をしてくれていた人がマイに剣を教える程強かったとは思わなかったタローは、あんぐりと開けた口を閉じることさえ忘れていた。
すると、いつの間にやら隣に並んで歩いていたエミルは、当たり前のようにドレスに付着した砂をはたいて落とすと、でも、と話に入る。
「今の状態だと魔力自体はそんなに高くないのですわ。身体能力を強化出来たとしてもネコ……いえ、雀の涙程度ですの」
「あぁ、それで思い出したけど、ナズナも固有能力を持っているみたいなのよ。頑なに能力を教えてくれなかったから今まで忘れていたわ」
つまり、ナズナは魔力が扱えない状態で今のマイと同等以上の力を持っていた事になる。それだけでナズナが只者ではないことは分かるが、マイは何処か納得したのか何度か頷いた。
「もしかしたら剣の扱いに長ける固有能力だったのかもしれないわね。秘密にしていたのも自分を凄く見せたかったから。うん、ナズナの性格からしてその可能性大よ」
「ナズナさんはそんな事するかなぁ……」
一人納得して頷くマイだが、タローは首を傾げる。
まぁタローがそうなるのも頷ける。タローは表面のナズナしか目にしたことが無く、裏面の適当感あふれるナズナの姿を見たことが無いのだ。
だが、マイはタローにそのことを説明することはなかった。もし話してもタローはナズナの裏面を知ったところで対応が変わるということはない。そのため話しても無駄だと判断したのだろう。
「それにしても、そう考えるとナズナの事についてあまり知らないわね……。よく考えたら昔と見た目も変わってない気がするし……んん……どうだったかしら……」
納得して何故か誇らしげにしていたマイだったが、次は何とも言えない表情へと変わった。
思い出そうとしても、まるで記憶に雲がかかったかのように思い出せない。
これではまるでタローと同じだとマイは笑うと、思い出すのは諦めたのかしっかりと顔を前へと向けた。
「取り敢えず今は、あの冒険者達を追いかけるわよ。考えるのはまた後にでもするわ」
マイ達は元訓練生冒険者を追いかけるために街を出て、森を目指した。
▽
「はぁ……はぁ……!!」
私は走る。とにかく走る。
後ろからは見たこともない魔物が私を殺そうと迫ってきていた。その化け物の足や体には血が付着しているけど、それはこの化け物のモノではない。
これは全て、私の仲間だった者の血だった。
『おい……助けてくれよ……!! テメェは僧侶だろう……が……!!』
忘れないと。そう頭では思っていても、あの最後の言葉が脳から離れずにいた。
この言葉は、私に毎日の様に暴力を振るってきたレンという男が放った言葉であった。その直後にこの魔物に踏みつぶされ、血しぶきを上げながら目の前で呆気なく死んでいった。
それから気付いたら、私は走って逃げていた。
「はぁ……はぁ……」
私は走りながら震える手を抑えるために胸へと持っていく。その胸付近には十字架のネックレス。これはお母さんから貰った宝物だった。
「ごめんなさいお母さん……」
これが初めての討伐クエストだった。ゴブリンの討伐。でもいざ森に行ってみると、そこにいたのはゴブリンなんかではなく、真っ黒な化け物。その眼だけが紅く光っていてものすごく不気味だった。
普通なら気付かれないうちに逃げるけど、今日のレンはいつも以上に気が立っていて、俺ならいけるって突っ込んでいってしまった。
それがこの結果。
そして私が殺されるのももう時間の問題。
明らかにこの魔物は遊びで私を追いかけてきていた。飽きればすぐに私を殺すと思う。
「きゃッ──!?」
私は地面に力強く伸びる木の根に引っかかってしまい、地面へと倒れこんでしまう。
終わった。
もう私には逃げる気力もなかった。ジンジンとする足を放って、ただひたすら十字架を両手で握っていた。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい──」
化け物はゆっくりと私に近付いてくるのが気配で分かった。チクチクと肌に針をつつかれているようなそんな感覚が強くなっていく。それが今では死ぬまでのカウントダウンのように思えてきた。
あぁ、お母さん。私もそちらに行きます。
全てを諦めて涙を零した時。
「──間に合ったかしら!?」
そんな声と共に、肌をつついていた針の感覚が一気に消え去った。
▽
次回は戦闘です。結構無理やりな気がしますが気のせいです。




