第二十六話.監視クエスト
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マイとタローを追い、少し遅れて冒険者ギルドに到着したエミルは、騒がしいギルド内を見渡す。そして受付嬢と話す二人を見つけ、駆け寄った。
だが、三人はどうやら何かを話し合っているようで、エミルに気付く気配はない。
いつもなら気を引くために所構わずマイに飛びついて蹴られるのだが、今は何故かそれが恥ずかしく感じ、エミルは普通に三人に声を掛けることにした。
「あら、遅かったわね。これからクエストに行くわよ」
エミルが飛びつかなかったこともあってか、少し驚き気味にマイは言った。
「クエスト? 何のクエストですの?」
当然の疑問だろう。マイはSランク冒険者。タローもタローでこの二人以上の力を持っていると来たら、どんなクエストに行くのか分かったもんじゃない。もし準備が必要なのだとしたら、その準備も早く終わらせたかった。
するとマイはクエスト用紙をナズナから受け取り、エミルに手渡す。
「これよ」
エミルはマイから用紙を受け取ると、その内容に目を通す。
「……これは……クエストですの?」
冒険者の監視、とだけそのクエスト用紙には書かれていた。あまりにもざっくりとしすぎていて、何をすればいいのかもわからない。しかも報酬はパンすらも買えない金額だ。始まりの街だからと言ってこれしかクエストが無いということはないだろう。エミルには受ける意味が分からなかった。
そんなエミルの様子を察したマイは、エイルからクエストを回収してひらひらと揺らして見せた。
「これは建前みたいなもんよ。変に言いがかり付けられたら面倒だもの。本当の目的はさっきの冒険者の尾行。ないだろうけど、もしバレて何か言われても、クエストの内容に沿っているからギルドが守ってくれるわ」
「ギルドもよくそんなクエストを通しましたわね……」
「いえ、こんなクエストは本来受け付けないようにしているのですが……まぁ誰にだってミスはありますよね」
エミルの言葉に、クエストを作成した本人であるナズナは無愛想ながらいたずらっぽく返すと、エミルは苦笑した。
クエストはギルド自体が作成することもあるが、主に依頼主がギルドに依頼するのだ。その依頼主が金を払い、冒険者ギルドにクエストの作成を頼むのだが、このようにざっくりとした内容は受け付けないようにしている。というのも、目的が達成できていないと、いちゃもんを付けられることがあるからだ。
今回はナズナが受付嬢という立場を活かし、自らクエストを作成し、そして自分でそのクエストを通した。エミルはそれを察し、苦笑して見せたのだ。
「それで、今はその冒険者たちがどこにいるのか分かっているんですの?」
「もちろんよ」マイは鼻を鳴らすと、誇らしげに胸を張った。
「今は平原の先にある森向かってるって聞いてるわよ。タローは一緒に行ったし分かるかしら」
マイはタローに話を振るが、当のタローは頭のてっぺんにはてなマークを浮かべながら首を傾げた。
「そんな所行きましたっけ?」
「あら、これも忘れているの? んー、よく分からないわね」
マイはこれまで一日だけの記憶が消えていただけだと思っていたが、森の件を覚えていない事からしてそれは違う。
「すいません……」
「え? あぁいや、責めているわけじゃ無いのよ。ごめんなさい」
申し訳なさそうに謝るタローに対し、慌てて訂正するマイ。
タローの事について考えた所で分かる事はない。今までずっとそうだった為、マイはあまり気にする事なく話を進める事にした。
「話を戻すけれど、今回目的の冒険者達が受けたクエストはヤングゴブリンの討伐よ。まぁ簡単だけれど、あの感じだと僧侶の子への罵声は避けられないでしょうね」
「ふん、これだから庶民は……」
エミルはさっきの冒険者とのやり取りを思い出したのか、ムスッとした面持ちで呟く。
「今回の目的はあくまでも監視をすること。干渉はしないわ。例え魔物が現れても、ね」
「え、魔物もですか? それは助けた方がいいんじゃ……」
「いつも死と隣り合わせ。それが冒険者よ。死ぬのも自己責任ってところかしら」
なかなかキツイ言葉を放つマイだが、エミルの表情は少しニヤついている。それに気が付いたマイは、何度か咳払いをして、エミルを片目で確認した。
「何かおかしな所あるかしら?」
「ありませんわ!」
「じゃあ今すぐその顔をやめなさい!!」
マイはエミルを捕まえようとするが、エミルは「ホホホー!」と笑い声を上げながらギルドを出ていってしまう。マイもそれを追いかけて行ってしまった。
「えっ……と……」
取り残されたタローは状況が上手く飲み込めないのか、苦笑しながら頬を掻く。
「マイはあんな感じで言っていますが、どうせその場面に出会ったら適当に言い訳をして助けるんですよ。エミルさんもそれが分かっていたから笑っていたんだと思います」
「……なるほど」
ナズナは珍しく口角を上げながら説明すると、何となく納得したのか、タローはゆっくりと頷いた。
「よし、じゃあ僕も行ってきますね」
「あ、待って下さいタローさん」
歩き出そうとしたタローだったが、ナズナがその腕を掴んだことによって止まってしまう。
タローは顔だけをナズナへと向けると、不思議そうに首を傾げた。
「その……もう忘れないで下さいね」
「えっ……?」
ナズナの言葉によって、暫く沈黙が二人を支配する。まるで時間が止まっているかのような錯覚を覚える程であった。
「……その……ナズナさん……ですよね……?」
自らの記憶を疑っているのか、恐る恐る確認をするタロー。それに対しナズナは一瞬だけ表情を暗くした様に見えたが、すぐにそれは笑みへと変わった。
「そうですよ。あと、マイのことを忘れないで上げてくださいね」
ナズナはそれだけ言うと、受付へと戻っていく。
そんな受付で仕事をするナズナを暫く眺めていたタローは、心に残ったモヤモヤを残したままマイ達のあとを追い掛けギルドを出た。




