第二十ニ話.タローと異常
結局その状態のまま洞窟を脱出し、タローはエミルを地面に降ろす。その際にエミルは暫く地面に足を付いていなかったからか少しよろけたが、すぐに立て直した。
その時に地下へと続く洞窟の入り口が崩れ落ちて塞がり、本当に危機一髪の状況だった事を二人は再確認する。
「もう……酷い目にあったんですわ……!!」
「あはは……すいません……」
エミルがキッとタローを睨むと、タローは申し訳なさそうに、だが少し笑みを浮かべながら謝罪する。
それを確認したエミルは頷くと、少し言い辛そうにタローを見つめた。
「……貴方のことについてはあまり聞かないですわ。でも、あのふざけた男について教えて欲しいんですの」
「あぁ……アーケインのことですか?」
「そうですわ。そのアーなんたらの事を教えなさい。知っているのでしょう?」
エミルがお詫びにと言わんばかりに腕を組みながら言うと、タローは暫く考えた後、諦めたのか洞窟内とは違う青く澄み渡る空を見上げた。
「フレンズィ・アーケイン──魔王軍幹部の内一人です。幻術の天才と呼ばれてました」
「あ、待つんですわ。まずその魔王軍って言うのは何ですの? 最初からずっと気になっていたんですわ」
タローは少し固まった後、諦めるかのように首を少しだけ振った。
「簡単に言えば、『化物』が集められた集団の事ですかね。魔王と名乗る人物が人間に嫌われた者たちを集めて作られた組織で、最終的な目的は世界征服」
「世界征服……?」
「『真の平和な世界を作り出す。争いが無く、差別も無く、皆が笑顔で暮らすことが出来る世界』を作りたいらしいですよ」
タローはまるでさっき聞いた事かの様にスラスラとそこまで言うと、エミルはまた更に謎が増えたのか首を何度も傾げていた。
「普通にいい人なんじゃないですの?」
「そうだったら良かったけどね」
タローは軽く笑って見せると、歩きながら話そうとエミルを誘い、街へと向かって歩き始めた。エミルはそのすぐ隣に並んで歩くと、タローは意外そうに目を見開く。
「……なんですのその目は」
ジトッとした目でタローを見つめるエミル。そんな状態のエミルを見たタローは言いにくそうに頬を何度か掻いた。
「いや……えっと……」
「もう! まどろっかしいですわ!! 早く言うんですの!!」
エミルは辛抱できないとタローを急かすと、次にタローは照れ臭そうに笑って見せた。
「エミルさんと並んで歩くのってなんだか新鮮だなぁ……って」
「なっ──」
それはエミル自身無意識であった。
タローの隣に並んで歩く。普段なら行わないそんな行為を、さっきのエミルは特に気にすることもなくまるで当然かのように行って見せた。
その事実に気付いたエミルはすぐにタローから距離を取る。だがそれは前でも後ろでもなく、右に、だが。
「ふん! 特別にわたくしの隣を歩くことを許可するんですわ! 有難く思いなさいこの庶民野郎!!」
「あ、はい」
タローが隣にならんで歩きたいと言ったわけではないのだが、言っても面倒なだけなのでタローは適当に返事を返す。
「そんな事よりもですわ! その……魔王? はなんで悪い人ですの?」
エミルは顔を熟したりんごの様に真っ赤にしながらも話の話題を元に戻す。
「敵と判断すれば殺す。目的の為ならどれだけ犠牲が出ても仕方がないと考えている奴だからです。それもあって僕は魔王軍を抜けました」
タローは諦め気味にそう話すと、少し冷静を取り戻したエミルはやはりと言わんばかりに頷いた。
さっきのアーケインと名乗る男を知っていたことから魔王軍と関りがあることは分かっていた。タローも言い逃れが出来ないと判断しエミルに話したのだろう。まぁエミル自身もこんなにすんなりと言ってくれたことに驚きを覚えたのだが。
「えっと……こんなことを言える立場じゃないんですけど、このことはマイさんに秘密にしていて欲しいです」
ははは、とタローは力なく笑う。それに対しエミルはまた首を傾げれ見せた。
「何でですの? ついさっき洞窟を出る前にも話した通りですわ。魔王軍がどれほど凄いのかはわたくしには分からないけど、お姉さまはそのくらいで貴方を捨てることはないですの」
エミルはごく真剣にそう伝えるが、タローはゆっくりと首を横に振る。
「マイさんには言えないんですよ。マイさんは多分……僕のことを知ったら一緒に居られないから」
そんなタローの言葉は、エミルの言葉を否定しているとも取れるものであった。そんなほとんど諦めに近い感じに話すタローに、エミルはどういうことだと聞こうとした、そんな時であった。
突然、隣を歩いていたタローの体がフラフラと揺れ、地面に倒れてしまった。
「ちょ、ちょっとどうしたんですの!?」
エミルは急いでタローに駆け寄る。別に何か血が出ているというわけでもなかった。魔力の影響か背中の傷はもう塞がっており、特にこれといって外傷がない。
だがタローは地面に倒れこみ、呼吸も不規則になってしまっている。明らかにタローに何かしらの異常が起きているのは明らかであった。
「――おやおや、様子を見にきて正解でしたねぇ。えぇ、えぇ、正解でしたとも」
ねっとりとした、聞き覚えのある声がすぐ傍から耳に入ってきた。エミルは咄嗟にそちらを向いて魔法を放とうとするが、その腕を掴まれてしまい、拳サイズ程度の火炎球は青い空へと向かって消えていく。
「戦う気はありませんねぇ。それに、どうせ貴方では相手にもならない」
仮面ごしにも笑っているのが男──アーケインの雰囲気から察することが出来た。
エミルは舌打ちをすると、アーケインは肩を傾げてからエミルの腕を離した。
「何をしに来たんですの……!!」
「いえ、いえいえいえ、何か勘違いをされているようですねぇ。僕はただ彼を助けに来ただけですよ」
アーケインはそれだけ言うと、過呼吸になり、体も少し痙攣し始めているタローへと近付き、その腰を落とした。
「えぇ、えぇ、やはりそうだ。魔力の暴走が起きていますねぇ」
「魔力の暴走……?」
アーケインが呟いた言葉に反応するエミル。試しにエミルはタローを視界に入れて魔力の流れを見てみるが、特にこれと言っておかしな箇所はない。魔力の流れもごく自然であった。
するとそんなエミルを察したのか、アーケインは立ち上がって顔だけを動かし、エミルを視界に入れた。
「僕が嘘を言っているかどうかは貴方の判断に任せるとしましょうか。ですが、このままでは彼は一〇分もしないうちに死んでしまう。僕にとっても彼が死ぬのは少々困るんですよ。彼にはまだ働いてもらわないといけませんからねぇ」
アーケインは言うと、その派手なロングコートの内ポケットから人差し指程度の小さなビンのようなものを取り出した。アーケインはそれをエミルに手渡すと、身を翻した。
「それを飲ませたら治りますねぇ。えぇ、えぇ、完治するとも。副作用もないので安心してくださいねぇ」
アーケインは言い捨てる様に言葉を放つと、その姿が煙の様に跡形もなく消え去る。
「いきなりなんですの……」
エミルはさっき手渡された物を確認する。その中身は水のような液体であるが、アーケインのことを信じるのもいい判断とは言えない。だが現に、タローの身体からは滝の様に汗が吹き出し、過呼吸も起こしてしまっているのは事実だ。そしてその対処法をエミルは知らない。
「もう……使うしか……」
タローを担いで街に戻るとしても、このままいけば間に合わないだろう。ならば、あとはさっき手渡された謎の液体を使うしかない。
「確か飲ませるとか言っていたんですの……」
エミルは覚悟を決め、蓋を開け、タローの上半身を持ち上げた。その際にタローの酷く歪んだ顔を直視してしまい、エミルは思わず顔を逸らしてしまった。
(なるべく顔を見ないように……)
エミルはビンをタローの口元まで持っていき、傾けて謎の液体を流し込んだ。
もちろんタローは酷く咳き込むが、その瞬間にタローの体の筋肉が緩み、そして顔も和らいだのが見て取れた。
どうやら効果はあったようだが、エミルはビンを暫く眺める。
「何が目的なんですのあの男は……」
アーケインの目的が分からない。幻術のかかった空間に飛ばしたり、タローを挑発したり、こうしてタローを助けたりと、何をしたいのか分からなかった。だが今は、タローを担いで街に戻るしかないとエミルは担ぎ上げると、歩き出した。
「魔王軍……とにかく今はお姉さまに報告しないと……」




