第二十話.魔力と男
タローは拳を軽く握る。
「十年くらい前かな、僕が住んでいた村に魔物が襲ってきました。あの魔物はマイさん達からしたらただの雑魚敵だったかもしれません。でも、僕たちの村にはまともに戦える人間が居ませんでした。だから逃げるしかなかった」
タローは話し始めたばかりであったが、エミルにはその先が読めたのか少しだけ表情を暗くした。
そんなエミルを見たタローは軽く笑って見せる。
「皆生き残りましたよ。ただまぁ、僕は村の人たちから追い出されることになりましたが」
「え、どうして──」
どういう事なのか、エミルがそれを聞こうとした時だった。パキッ、と地面に落ちた枝を踏み割ったかの様な音が空間に鳴り響いた。その瞬間、まるで切り抜かれたかの様にエミルの視界から全ての魔力が一瞬にして消え去る。
それと同時に幻術も解かれたのか、地面から不活性状態の魔法陣が現れ、魔力で塞がれていたであろう壁も音を立てて崩れていった。
「なんですの──」
だが、エミルはそんな事よりもタローから目を離す事が出来なかった。
まず、エミルの能力は魔力を視覚化──色で判別している。魔力が薄い場所は青くなり、逆に高い場所では赤く表示される。これは人間に対しても同様だ。いつもは背景が赤く、人間は青で表示される。
そして今のタローは──
「僕の能力のせいです」
──白。エミルが初めて目にする魔力の濃さであった。初めて見るため高いのかも低いのかも分からないが、今目の前に広げられている光景を見る限りこれは高いのだろう。それもずば抜けて。
現在、タローを抜いてこの空間は無色透明になっていた。魔法が解けたのか真っ暗で視界が確保できないが、それでも能力を使用すれば魔力を見ることが出来る。だが、何度能力を使用しても、どうしてもこの空間からは魔力が検知されなかった。
代わりにタローがずば抜けて魔力量が多くなっていた。青でも赤ではなく、白で表示される程。
その姿はまるで、この空間に存在していた魔力を全て取り込んだかの様であった。
これだけ見せられれば、タローの能力は嫌でもわかってしまう。
「何て能力……ですの……」
──魔力を吸収する能力。
これは『強い』なんて言葉だけでは足りない。まさに最も強い能力──最強と呼べる能力と言えるだろう。
人間は主に体内魔力を使用し、空間に散らばる自然魔力のほんの少しだけを吸い取って使用する。魔法陣と呼ばれる物を使用すればまだ少し効率が上がるが、それでも自然魔力のほんのひとつまみを使っているに過ぎない。それは、魔力の流れが見えるエミルだからこそ分かっていた。
そしてそれから考えると、魔力の原液とも言える自然魔力をすべて体内に詰め込む事になるこの能力はまさに化け物と言えるだろう。
だが、追い出されるほどではない。仮にタローがこの能力を使って魔物を食い止めていたとしたなら、逆に感謝されなければならない筈だ。
「この能力は魔物を引き寄せちゃうんですよ。そりゃ追い出しますよね」
何故タローは村を追い出されたのか。そんなことが引っかかっていたエミルを察したのか、タローは苦笑しながらそう言葉を放った。
その瞬間にタローの体内に存在していた魔力が勢いよく放出される。それと共に衝撃波が発生しエミルを襲うが、タローが腕を掴んだおかげで吹き飛ばされて壁に衝突することはなんとか免れた。
エミルは何が何だか分からないまま礼の言葉を言うと、タローはまた苦笑して見せた。
「すいません……まだ上手く調整できなくて……」
「あぁ……それはそうですわね……」
よくよく考えれば、自然魔力をずっと身体の中に溜めておけるわけがない。強いのは間違いないが、ほんの一瞬しか持たず、魔物も引き寄せてしまうデメリットがある。それでもこの能力はずば抜けて強い事には変わりないが、本人はそのせいで苦労してきたのだろう。あまり誇らしげな顔は作らなかった。
すると突然、手を叩く様な、そんな破裂音が狭い空間に響き渡る。エミルは魔法で炎を作り出してタローを確認するが、どうやらタローではない。
ならば一体誰なのか。
そんな事を考えていると、どこからか足音が聞こえてきた。
「――いやいや、いやいやいや! 本当に本当におめでとうございますねぇ!!」
「誰ですのッ!」
エミルが展開していた炎が圧縮されたかと思うと、それが光を放って空間全体を照らした。
「あぁいやいや。ちょっとだけ待って頂きたいですねぇ。僕はこれっぽちも微塵も戦う気なんてないですよ。えぇ、えぇ、本当に。今回だけはですがねぇ」
それは、崩れた壁の向こう側に存在していた。
まるで適当に絵の具を混ぜたかのような派手なマーブル模様をしたシルクハットに道化師のような仮面。服はシルクハットと同じ色をした派手なロングコート。その胸元には十字架のネックレスがぶら下がっていた。そして靴は履いていないせいか、その足からは血が流れだしている。
「どうでしたか? 楽しんでしただけましたか? 僕の幻術は格別だったでしょう? えぇ、えぇ、分かっていますとも。二人きりでさぞ楽しかった事でしょう。僕の能力にどうすることも出来なかったでしょう」
「な、なんですのコイツ……!! というか貴方でしたのね! この趣味の悪い幻術を掛けたのは!!」
「えぇ、えぇ、そうですとも。楽しんでいただけたでしょう?」
独特なねっとりとした話し方に顔を歪めて嫌悪感を示すエミル。
だが男はそんなのは気にしていないのかタローへと視線を向けた。
「あぁ……まだやっているんですねぇ。まだ懲りていないんですねぇ。いえいえ、僕は好きですよ。えぇ、えぇ、もちろん嫌いになるわけがありません。それでこそあなたですからねぇ」
「……」
タローを知っているかのような口ぶりだが、タローは黙り込んだまま動かない。ただ静かに男を睨むだけであった。
「いえいえ、いえいえいえ。最初に言いましたが戦う気はないですねぇ。えぇ、えぇ、ありませんとも。ただ今回は挨拶に来ただけです。その方があなたにとっても都合がいいでしょう? そうでしょう? 感謝して頂きたいですねぇ」
男は相変わらずねっとりとした喋り方で話してくる。エミルはそれによって身体を震わせた。
「き、聞いてるだけで鳥肌が立つんですわ……!! 貴方は一体誰ですの!! 早く名を名乗るんですわ!!」
「おっとこれは失礼しましたねぇ。えぇ、えぇ、失礼でした。私の名は──」
「フレンズィ・アーケイン」
「え……?」
男が名乗るよりも早く、ぽつりとタローが呟いた。それにエミルは驚きのあまり声を漏らしてしまう。
「……えぇ、えぇ。覚えていたんですねぇ。忘れられませんでしたかねぇ。そうですとも、僕はフレンズィ・アーケイン――」
男は被っていたシルクハットを取ると、深々とお辞儀した。
「――えぇ、今も魔王軍に所属しておりますとも」




