第一話.受付嬢とクエスト
あれから一ヶ月。どこからどう見ても平凡な男──タローは、路地の片隅に座り、硬いパンを無理やり噛み千切って食べていた。
「んー……久しぶりの固形物は美味しいなぁ……」
細かく砕いたパンを飲み込み、体の隅々まで栄養が行き渡るのをイメージしたタローはしみじみと呟くと、残りも一気に食べてしまう。
「ふぅ……これであと三日は水だけで過ごせる……」
タローは立ち上がると、軽く準備運動をしてからギルドに向かって歩き出す。
──何故こんなホームレス生活になってしまったのか。それは、冒険者となったあの日のことである。
そもそも冒険者とは、この世界に存在している人間の害となる生物──所謂モンスターを捕獲したり討伐したりする職業の事である。
つまり、それなりの実力が必要なのだ。
その為、冒険者になった者は最初に実力を測る。それは魔力と呼ばれる物を数値化して決めるのだが、殆どはこれによりランクが決まってしまうのだ。
そしてそのランクはFからSSSまであり、タローはその内のランクF。一番下である。
ランクFと言えば、何の特訓もしていない、才能もない者が押される烙印。クエストの内容も雑用ばかりで、報酬ももちろん低い。主に街の清掃のお手伝いなどだ。
それで得られる金は、安くて硬いパンを一つ買えるかどうか。とてもこれだけで生活をするのは難しい話だろう。
その為タローはこの一ヶ月間、街に流れる川で水浴びをしたり服を洗ったり川の水を飲んだりと、金はなるべく使わない様にしていた。
(……このままじゃ駄目だ……)
タローは歩きながらそんな事を考える。
パン一つ買うだけで財布に大打撃を受けてしまう。そんな現状を打開する方法は一つしか無かった。
(今日でこんな生活とはおさらば! 自分より高いランクの人とパーティを組んでやるぞ……!!)
タローはふんすと鼻息を荒くして、ギルドの扉の前で一度止まる。
そして深呼吸をすると、その扉を開けた。
パーティとは、他の人と協力してクエストを受ける事だ。
元々クエストにはランク制限というものがあり、FランクならばFランクのクエストしか受ける事ができない。
だがパーティならば別である。
例えばFランクがEランクとパーティを組むとする。するとFランクの冒険者でもEランクのクエストを受ける事が出来るようになるのだ。もちろんEランクの冒険者もクエストに同行しなければならないが。
だがこれには一つ問題がある。それは、戦闘能力のないFランクに協力してくれる高ランクの冒険者がいるかどうかだが──
「──あぁ? 組むわけねぇだろうが。ママの乳でも吸ってろFランク風情がよォ」
「ですよねー……」
これで全滅。ギルド内に居る全ての冒険者にパーティを組もうと誘ったが、全て見るも無残に断られてしまった。
タローはせめて自分のランクに近いEランクやDランクの人を誘えば行けると思っていたのだが、生活に余裕がないし組む意味もないと断られてしまった。
高いランクだとさっきの通りだ。
確かにFランク冒険者と組んでも良い事など一つもない。戦闘では足を引きずり、そのくせ報酬の金は等分されて配られてしまう。
デメリットしか無いのだ。組む必要も理由もないだろう。
「もう諦めて冒険者辞めようかな……」
「おや、諦めるのですか」
タローは声のした方に目を向ける。
そこには、最初に冒険者登録をしてくれた受付嬢が笑みを浮かべながら受付に座っていた。
実はあの後もこの受付嬢に世話になっており、結構仲が良くなっていたりするのだ。
「やっぱ才能がないんですよ僕は……」
「なーんて思ってるそんな貴方に、超お得なクエストをご紹介します」
受付嬢は引き出しからクエスト用紙を取り出すと、タローへと見せる。
「……えっと……くんれん……?」
「そうです、訓練です」
「なんで訓練?」
「実はこのクエスト、早いもの勝ちのFランク冒険者限定のクエストなんですよ。訓練して認められれば魔力とか関係なくEランクに昇進する事が出来るんです」
「おぉ!! そんな凄いクエスト取っておいてくれたんですか!?」
タローは受付嬢の手を握ると、感謝の気持ちなのかブンブンと上下に振る。
受付嬢はそんなタローを見て嬉しそうに微笑むと、そのクエスト用紙をタローに手渡した。
「貴方はFランクのクエストでも必死に真面目にこなしてきてくれました。冒険者からはあんな事を言われても、街の人からの評判はいいんですよ」
「え、そうなんですか?」
「えぇ、よく依頼者から感謝の手紙が届いてきます。そしてそこには必ずと言っていいほど今の状態を変えてやってほしいと書かれているんですよ。聞くところ、お金が無いから水だけで生活してるとか」
受付嬢は心配する様な声色で話すが、タローはぶんぶんと勢いよく首を振って否定した。
「いえ! たまにパンを食べてるんで大丈夫です! 今日も三日ぶりに食べました!」
「それはもう水だけで生活してる様なものですよ」
冷静なツッコミを受けたタローはそうなのかと少し驚きながらも、クエストの内容をへと目をやる。
すると、クエストの内容のある部分に目が止まった。
「これ……Sらんく……ぼうけんしゃ……?」
「あ、そうなんですよ。Sランク冒険者がこの街まで教えに来て下さって直々に戦い方を教えてくれるんです」
「……そうなんですか」
なるほど、と呟くタロー。ジッとクエスト用紙を見つめると、何か納得したのか、それとも決心が付いたのかは分からないが、頷いた。
「分かりました! わざわざありがとうございます!!」
「いえ、そんな感謝される程でもないです。これからも頑張って下さいね。陰ながら応援しています」
「はい! Sランクの冒険者とパーティを組めるように頑張ってきます!!」
「そっちが目的ですか。多分無理ですよ……ってもう聞こえてないか」
受付嬢の言葉がタローには聞こえなかったのか、ギルドから飛び出していく。
まるで嵐のように過ぎ去るのが早かったタローだったが、受付嬢は笑みを崩さないままタローの個人情報が書かれた用紙を取り出した。
「……Fランク冒険者タロー。元村人で、魔力は人並み以下。クエストで稼いだお金の殆どは孤児などに食事を与える為に消える」
受付嬢はそこまでぶつぶつと呟くと、普通の笑みとはまた違った、ニヤニヤに近い笑みを浮かべる。
「いい子だなぁ……純粋くん……」
思わず漏れてしまったのか、受付嬢はハッとして顔を引き締めた。
「よし、今日もお仕事頑張りますよ」
頬を両手でパンパンと軽く叩くと、受付嬢はまたいつものように仕事へと戻った。