第十八話.地下洞窟
それから二人はクエストを受託し、平原に突如現れたという地下洞窟を探して歩いていた。その間に話などは特に無く、気不味い空気が続いている。
「あ、あのー……」
「……」
この通り、何とかタローが話し掛けようとしてみても反応が無い。いや、一応顔を少し動かし、尻目でタローを確認している様に見えるが、話し掛けるなというオーラを醸し出している事には変わり無い為、これ以上タローは話し掛けることが出来なかった。
一方のエミルはというと──
(何で話しかけてくるんですの!? 話す事なんて何も無いですのに何を話せばよろしくて!? というかなんでわたくしは庶民とパーティーを組むハメになったんですのー!?)
エミルはエミルで混乱していた。
クエストを受けた時までは良い考えだと思っていた。疑問を晴らす為、タローとクエストに行けばいいだけなんだと、そう思っていた。
だがいざ冷静になってみれば、パーティーを組むなんて馬鹿な事をしたあの時の自分を殴りたくなってしまう。そも、Fランク冒険者をAランクのクエストに連れて行くこと自体がおかしいのだ。
(お姉さまも無理矢理連れてこれば良かったですわ……)
今更後悔してももう遅い。地下洞窟を探して三〇分程だろうか。恐らく街に戻るよりも地下洞窟を見つけた方が早い。
(お姉さまと居て浮かれていたんですの……)
マイと居ればついテンションが上がり、冷静に判断が出来なくなる。だが、マイにタローをクエストに連れて行くと約束した以上それを破るわけにはいかない。
そんな事を延々と考えていたエミルだったが、辺りに魔物の魔力を感知し、急に立ち止まった。その後ろを歩いていたタローは反応に遅れ、その背中にぶつかってしまう。
エミルは不愉快そうにタローの事を睨みつけると、タローはへこへこと頭を下げて謝罪した。すると、目の前に人型の骨だけで出来た魔物が何処からともなく現れる。
「うわ、気持ち悪いですね」
タローたちの前に現れたのは、骨しかない人型の魔物スケルトンである。そのグロテスクな姿にタローは顔を歪めた。
「昼なのにアンデット……おかしいですわ」
「そうなんですか?」
タローは首を傾げると、エミルはそうだとほぼ反射的に頭を縦に振った。
「この魔物たちは元々夜に活動する魔物で──」
エミルは自然な流れでタローの疑問に答えようとした所で、暫く動かなくなる。その視線の先には首を傾げたままのタロー。
「どうかしました?」
「……貴方、なんで魔力が増えているんですの?」
「え? 何のことですか?」
有り得ないと目を見開きながらのエミルの疑問に、タローは首を傾げたままの体勢で間抜けに聞き返した。
「とぼけなても無駄ですのよ。わたくしの固有能力は魔力の可視化。魔力の流れをこの目で見ることが出来るのですわ」
エミルは怪しいと目を細め、タローを睨みつける。だが、タローは何のことかわからないのか目をぱちくりとさせていた。
エミルはこれ以上は無駄だと思ったのか溜息を付く。
「まぁいいですわ。まずはこのアンデットを倒すんですの。話はそれからですわ」
エミルは掌に球体の炎を生み出し、それを撃ちだしてスケルトンを一体無力化させる。
その光景を見ていたタローは少し興奮気味に「おぉ」と感嘆の声を漏らした。だが同時に疑問に思ったことがあるのか、あまりぱっとした顔はしていなかった。
「不思議そうな顔ですわね。何で固有能力者なのに魔力を扱えるのかってところですの?」
心を読まれたのかとタローは驚いた表情を作り出す。
「よく言われるのですわ。わたくしは固有能力を持っていながら魔力を扱える体質らしいですの」
エミルはムスッとした表情でそう答えると、これ以上は答える気が無いのか次々とスケルトンを魔法で無力化していく。
そんなエミルを見て、タローは力なく笑みを浮かべた。
「……そうなんですね。少し羨ましいです」
「――っ!」
タローの横を炎の塊が通り過ぎていく。
「何も知らないくせに……!!」
エミルの仕業だ。タローの言葉を聞いた瞬間にタローに向かって放ったのである。
タローを見るその眼は、初めてエミルに出会ったときよりも酷く醜く歪んでいた。
まるで汚物でも見るかのようなそんな眼に、タローは口を開いたまま閉じることを忘れてしまっていた。
いつの間にかスケルトンも居なくなっており、エミルは謝ることなく先に歩を進めて行ってしまう。タローはその後ろを少し距離を開けて付いていく。
(だからパーティーは嫌なんですわ……)
エミルは目に浮かぶ涙を袖で拭うと、まるで嫌な記憶でも振り払うかのように首を振った。
「あの……すいません……」
背後から謝罪の言葉が聞こえてくる。
これに関してはタローは何も悪くない。それはエミルも理解していたが、エミルはタローを無視し続けた。
謝ることもなく、ただ黙々と歩き続けるエミルに対し、タローは申し訳なさそうに表情を暗くしながら歩いていた。
それからどれほど時間が経っただろうか。エミルとタローの目の前には、地下へと続く洞窟の姿が映し出されていた。
「……」
それでも会話は無かった。ただ黙ってその洞窟内に入り、二人は探索を始める。
中は特に珍しいものもなく、ただ普通の洞窟だった。ごつごつとした岩で成り立っており、魔物も出現しない薄暗い洞窟内を魔法で照らして歩くだけ。
魔物の反応がなく油断していたのも原因の一つだろう。ただ確実に言えることは、しっかりと会話をしていれば避けれていた事には違いない。
カチッ、と、何かスイッチを踏んだのかそんな音が洞窟内に響き渡った。その瞬間に地面が淡く光り出し、巨大な魔法陣が展開される。
「な、なんですかこれ!?」
「不味いですわ……!!」
エミルではない。タローがそのトラップに掛かったのだ。
元々エミルは固有能力によってそのトラップに気付いていたが、報告を怠った。いつも一人で行動しているからこそ忘れていたのだ。
「これは転移魔法ですの! 早くわたくしに捕まって──」
エミルの言葉が終わるよりも早く魔法陣が一層輝きを増し、洞窟内は光で覆いつくされる。
そして、その光が収まった頃。
そこに、二人の姿は残っていなかった。