第十七話.エミルとパーティー
夜が明け、朝になる。
エミルは髪の手入れなどをしてから宿屋を出ると、冒険者ギルドへと一直線に向かう。
そして冒険者ギルドに到着したエミルは深呼吸すると、その扉を開いた。
(……まだいないですの)
中には受付嬢以外誰もいなかった。ホッと息を吐いたエミルは近くのテーブルへと向かい、木の椅子に座る。
「ここで待っていれば来るはずですわ……」
エミルの目的。それは、タローの秘密を知るためにパーティーを組み、クエストに向かう事。
マイが何故そこまで惹きつけられるのかが気になって仕方なかったエミルはあまり寝ることが出来ず、ごしごしとクマが出来た目元を擦った。
「こんな朝に誰かを待っているんですか?」
するとそんな時に後ろから声が掛かった。
聞き覚えの無い声。エミルは振り向きはするものの、冷たい眼でその人物を捉えた。
(お姉さまが仲良くしている受付嬢……でしたわね)
その視界に映る人物は、黒髪ストレートの茶色の瞳をした受付嬢――ナズナであった。
二人はこれで初対面だが、常にマイの情報を集めているエミルは話だけは聞いていた。
(情報通り確かに無愛想ですわ。でもお姉さまと昔からの付き合いだから悪い人ではないですの)
エミルはそう判断すると、警戒は解かないものの、こくこくと頭を縦に振った。
するとナズナは軽く笑う。
「もしかして、じゅん……タローさんですか?」
「じゅん……?」
「気にしないで下さい。口が滑っただけです」
エミルは困惑した表情を浮かべる。
口が滑ったとしても、どうしたら『タロー』が『じゅん』になるのか理解できなかったのだろう。
だが、大事なのはそこではないとエミルは首を横に振って考えを振り払うと、受付嬢を視界に入れた。
「何故お分かりになって?」
「何となくですよ」
ナズナはそう言って微笑むと、特に何もせずに元の受付へと戻り、仕事に戻る。
すると、まるでタイミングを計ったかのように扉がゆっくりと開いた。
(お姉さま! ……とブタ野郎)
外から入ってきたのは白銀の鎧を身に纏ったマイである。そのおかげで一瞬テンションが上がりかけるが、その後ろから当たり前のように付いてきているタローを視界に捉えるとすぐにテンションが落ちた。
すると、そんな気分の浮き沈みに忙しいエミルの姿に気付いたマイがこちらへと近付いてくる。
「あら、もう来ていたの? 昨日の感じからして来ないと思っていたけれど、意外とやる気満々なのね」
マイはエミルの向かい側にあるい椅子に座ると同時に、ニヤニヤとしながらエミルをからかう。
もちろんこの言葉にエミルは首を横に振ると勢い良く立ち上がった。
「こ、これはあくまでも確認の為ですわ! この庶民野郎が本当にお姉さまに相応しい人間かを見極めるためですの!! 決してこの庶民と組みたいわけではありませんわっ!!」
エミルがそう大声で話しながらタローを指差すと、タローはぽかんと口を開けながら「え、僕と?」とまぬけに呟く。
そんな状況を飲み込めていないタローにマイがこれまでの事を説明すると、納得したのか何度かこくこくと首を縦に動かした。
「僕は良いですけど……マイさんは来ないんですか?」
「私はこれから別のクエストがあるから無理ね。だから二人で適当なクエストにでもいっておきなさい」
そんなマイの言葉に真っ先に反応したのは、エミルであった。
エミルは「えっ!?」と驚愕の声を上げると、有り得ないと言わんばかりに首を振る。
「わたくし……てっきりお姉さまが付いてきてくれるものだと思ってましたのに……」
「いやいや、付いていくわけないじゃない」
マイは当たり前だと手を左右に振る。
そんなマイの言葉にエミルは相当ショックを受けたのか地面に崩れ落ちるが、そのテーブルの下を移動し、椅子に座るマイの体に抱き付いた。
「騙すなんて酷いですわ! でもそんなドSなお姉さまも好きッ!!」
「気持ち悪いから離れなさいよッ!!」
くっついて離れないエミルを何とか剥がそうとするマイだが、やはり力が強いのか剥がせない為タローに助け求める。
そんな状況の中、一つのクエスト用紙を持ったナズナがこちらへと近付いてきた。
それに気付いたエミルはマイから離れて席に戻ると、三人はナズナの方を向いた。
「お二人で行かれるのでしたら、こんなクエストはどうですか?」
ナズナがクエスト用紙をタローに手渡す。
「……えっ……これは……」
タローは怪訝な顔をすると、そんなに危険なクエストなのかとマイが心配の声を掛ける。
だが、タローは首を横に振ってその言葉を否定した。
「すいません文字読めないです」
あはは、と申し訳なさそうに笑うタローに、マイとナズナは思わず苦笑してしまう。
「文字も読めないんですの!? もう貸すのですわッ!!」
エミルはタローからクエスト用紙を強引に奪うと、その内容を目に通した。
「平原に突如出現した地下洞窟の調査……Aランクの難易度ですわね」
「はい。お二人でクエストに行かれるのでしたらこちらを受けては如何でしょうか」
「でも……」
エミルは一度タローを視界に入れてから、マイへと移す。
恐らくランクの低いタローを連れて行くべきではないと思っているだろう。自分は大丈夫だとしても、もしタローに何かあればどんな顔をしてマイと接すれば良いのか。
「安心しなさい。タローは大丈夫よ」
そんなエミルの心配を見透かしてか、マイが笑みを浮かべながら言った。
エミルは不安を拭いきれないのか表情が暗かったが、何か気になったのかタローへと視線を移した。
「貴方、ランクはいくつですの?」
もしかしたら、とでも思ったのだろうか。魔力量ではEランク程でも、もしかしたらマイと同じSランク、そこまで行かなくてもAランクはあるかとしれないと。
だが、返ってきた答えは悪い意味でエミルが予想していた通りであった。
「え、Fランクですけど……」
エミルは固まる。Fランクと言えば、街の雑用しかしないランクである。つまり戦闘経験は無いに等しい。
信じたくなかったエミルだが、マイたちを尾行した時にゴブリン程度も倒せなかった場面を目撃している為、信じる他無かった。
(戦闘能力は皆無の筈ですのに……何でお姉さまはこんなにこのタローを信用しているんですの……?)
疑問ばかりが大きくなっていく。
だがそれも、一緒にクエストに行けば理解出来るとマイが言っている。
別にマイの事を疑っている訳ではないのだが、例えどれだけ強力な固有能力をタローが持っていたとしても、Fランク程度の魔力量ではマイは愚かAランク冒険者にも勝てない。
それは、エミルが同じ固有能力者であるからこそ一番理解している事であった。
「……クエストに行きますわよ」
だからこそ興味が湧いたのかも知れない。
もちろんタローの力を確かめる為というのもある。だがその一方で、タローの固有能力が気になったと言うのも事実だ。
それを確認したマイはまるで子供を見るような目でエミルを見ると、薄く笑みを浮かべた。
「やっぱりやる気満々じゃない」
「違いますの!!」