第十六話.尾行とタローの秘密
暫くすると、クエスト用紙を手に持ったタローとマイがギルド内から出てくる。
そこからエミルは気配を完全に遮断し、タローたちの後を付いていくことにした。特にバレている様子はないため、尾行に成功していると言えるだろう。
すると、とある店の前で立ち止まる。どうやら武器屋で立ち止まったらしい。タローとマイは暫く何かを話し合った後、その中に入っていく。
(武器屋……? お姉さまは武器を持っているから今更買うものなんて……)
そこでタローの姿が脳裏にちらつく。
そういえば武器を持っていなかった気がする。だとすると、マイが武器を選んでタローに買ってあげるつもりなんだとエミルは考えると、唇を浅く噛んだ。
(わたくしだってお姉さまと一緒に買い物したいですのに……!! それにそのくらいの武器は自分で選ぶのが普通ですわ……!!)
でも今は尾行中。今すぐにでも飛び出して止めたいところだが、タローの実力を知るのと、一人になるまで尾行すると決めたエミルにはそれが出来ない。
タローたちが店から出てくる。タローとマイのそれぞれの手には、見ただけで分かる安物の剣が握られていた。
(お揃い……!? お姉さまと庶民野郎は剣をお揃いにしてしまうほどの仲ですの……!?)
タローはまだわかる。だが、マイが剣を購入する必要など微塵もないのだ。
エミルは血が流れる程強く唇を噛みながら、何とかタローを消し炭にしたい衝動を抑え、尾行を続ける。
それから暫く歩き、二人はクエストを達成する為か平原をのんびりと歩いていた。
もちろんエミルも付いてきている。だが、大分離れた場所なのと、気配を遮断している為かまだ気付かれてはいなかった。
すると、マイがいきなり剣を鞘から抜き放つ。
(この魔力量……ゴブリンですわね)
エミルの言う通り、ゴブリンが二、三体程地面からゾンビの様に現れた。
だが、ゴブリンはEランク級の魔物。知能が無く、力もないため非常に弱い敵だ。
すると、恐らくマイが戦う様に命令したのだろう。タローは前に出ると、手に持った剣を構えた。
(何ですのあの構え方。腰が引けてるし、上手く魔力も扱えていないですの。全然戦闘慣れてしてないのがここからでもわかりますわね。でもまぁこの程度なら──)
そんな事を考えていたエミルだったが、次の光景に目を見開くことになる。
ゴブリン達はタローに襲い掛かる。タローはその攻撃を全て避けることなく当たると、地面に倒れこんだのだ。
(えぇ……流石に弱すぎですの……)
これには思わずエミルも苦笑しか出来なかった。
心のどこかでは少し期待していた部分があった。マイが選んだのだから、何か凄い特技でも持っているのかもしれないと心の隅っこで思い込んでいたのだ。
だが、実際にはどうだ。ゴブリン程度に成す術もなく負け、結局マイが全てゴブリンを片付けてしまう。
そんなタローの戦闘経験のないFランクのような動きに、やっぱりただの庶民だったとエミルは溜息を付いた。
(これでお姉さまも目が覚めたりは……しないですのね)
地面に倒れこむタローに対し、マイは手を差し伸べてタローを起こした。
特にこれと言って呆れたり怒っている様子はない。いや、少し予想外だったのか少し苦笑気味な笑みを浮かべてはいたか。
暫く二人が話した後に、ゴブリンのボス的存在であるゴブリンリーダーが地面から姿を現した。だがそれをマイが瞬殺すると、クエストが完了したのか二人は踵を返して街へと戻った。
そして日が落ちかける時間帯。特にタローが何もしないままクエストをクリアし、暫く楽しそうに話した後二人は別れた。
(何がそんなにお姉さまを引き寄せるんですの……? あれだとお姉さまが最も嫌うただの寄生虫野郎ですのに……)
見た所報酬も通常通り半分に分けていた。もちろんパーティーを組んでいる時点でマイの同意の元だろうが、それでもエミルにとっては許すことが出来なかった。
エミルは、マイと別れ、一人になったタローの後に付いていこうと歩を進めようとするが、そんな時に後ろから肩をポンポンと優しく二回叩かれた。
「バレバレなのよアンタ」
「ひゃい!?」
エミルはそんな呆れた声が聞こえた瞬間に直立し、その姿のまま石造の様に固まって動かなくなってしまう。
その声は間違いなくマイのものであった。そしてその言葉から恐らくエミルの尾行はバレている。
マイに怒られることだけは避けたかったエミルは色々な言い訳を考えるが、それらは全て火に油を注ぐだけだと判断し、素直に後ろを向くことにした。
「ごめんなさい……ですの……」
しおらしくエミルが謝ると、マイは頭に優しくチョップを喰らわせた。
「タローが私と釣り合ってないなんてことは無いわよ。むしろその逆かしら」
マイがタローと釣り合っていない、とマイは説明するが、そんな事を言われてもエミルは信じられるはずがない。まずマイはSランクで、タローはFランクかEランク。たったそれだけのことでタローがマイに相応しくないことが分かる。
すると、マイはエミルの言いたいことを察したのか溜息を付き、あのね、と言葉を続けた。
「タローは固有能力者よ。何故か本人は隠したがってるけど、実力的には間違いなく私以上ね」
何故か誇らしげに話すマイを見て、エミルは少し複雑な心境に陥る。
そんなエミルの様子を見たマイは溜息を付いた。
「そんなに気になるなら明日とか一緒にクエストに行けばいいじゃない。これ以上ストーカーされるのも面倒だし、それに何で私がタローに付いてるのかも分かるわよ」
「……考えておきますわ」
珍しくマイの前でもテンションが低いエミルはそれだけ言うと、一度お辞儀をし、その場を後にした。
マイが追ってくる気配も特にない事に少し寂しさを感じながらも、エミルは下唇を弱く噛む。
(お姉さま以外の人間なんて皆ブタ野郎ですのよ……。パーティーなんて……もう……絶対に……)
そんな事を考えていると、視界の端にチラリとタローの姿が映り込んだ。もう人気のない裏路地に入っていってしまったが、その手には何かが持たれていたのは見えた。
そういえばタローを尾行しようとしていたことをエミルは思い出す。
(こんな時間に裏路地……やっぱり何かあるんですのよ)
絶対に何かあると確信を得たエミルはその後を付いていく。
辺りが暗くなり始めてきたこともあり、裏路地は少し不気味な雰囲気を醸し出していた。
(お姉さまは絶対にこんな不気味な場所に寄りませんわ。それを狙ってのことだとしたら、もしかしたら盗賊の仲間の可能性も──)
だが、その考えもすぐに間違いだということに気付かされる。
少し先ではしゃぐ声などが聞こえてきた。だがそれは大人の声ではなく、たくさんの子供の声である。
エミルは背を壁に付けると、気配を遮断しながらチラリとその先を覗いた。
「今日もお金が入ったから、ご飯を買ってきたよ。皆で分けて食べようよ」
タローはそう言って手に持った袋からパンやリンゴといった食料を取り出すと、十人以上いるであろう子供がそれに群がって我先にと取っていく。
(あの数だと……今日手に入れたお金を全部使ったんですの……)
間違いなくあれは親に捨てられた孤児達だ。
でも思い返せば今日、場を去った振りをして会話を盗み聞きしていた時にタローが異様なほどクエストに食いついていた。
その時はマイに寄生して金を荒稼ぎしたかったからと思っていたが、そうではなく、この孤児達に食料を与える為だったのだ。
それに、タローはさっき今日もお金が入ったからご飯を買ってきたと言っていた。それはつまり今日だけでなく、お金が入るといつもここにきて食料を買ってきていたと予想できる。
(悪い奴では……ないみたいですわね……)
エミルは壁から背中を離すと、踵を返して裏路地から抜けるために歩を進める。
「パーティー……か……」
徐々に遠ざかっていく楽しそうに騒ぐ子供たちの声を聞きながら、エミルは一人、ぽつりと呟くのであった。