第十四話.エミル・ディ・アルティニエ
急な展開からの新キャラです
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薬草集めのついでに合成獣を倒し、タローたちは無事に街へと戻ってクエストをクリアした。
そんな出来事から三日ほど経過し、青空が広がる朝の日。
「お金が消えた……」
タローは資金難に陥っていた。
クエストの報酬は半分半分で配られた。それは決して少ない額ではなかったが、あれやこれやとしている内に全て使い切ってしまったのだ。
「また暫く水だけかぁ……」
タローは水路の近くで寝転がると、人だかりが出来ているのか騒がしい声が遠くから耳に入ってきた。
(マイさん大丈夫かなぁ)
三日前、街に戻ったタローたちに待っていたのは、もはや宗教的になりつつあるマイ目当ての人だかりであった。
それは一昨日や昨日で最後な訳が無く、今回も同様マイ目当ての人たちがマイを囲み、祭りの如く騒いでいるのであろう。
三日前は日が落ちかけていたこともあってか人が少なく、三〇分ほどで撒くことが出来たが、今のこの騒ぎ声を聴く限り簡単に撒くことは困難だと考えられる。
「何よそんなところで寝っ転がって。汚いわよ?」
そんな事を考えながら目を閉じていたタローの耳に、綺麗だがしっかりと芯のある聞きなれた声が入ってくる。
もしかしてとタローは目を開けると、やはりそこにはこちらの顔を覗き込むマイの顔が視界に映された。
変装のつもりか髪を結ばず、昨日とはまた違うレザーアーマーを身に着けたマイに対し、タローは首を傾げる。
「……あれ?」
その声に反応したマイは、むすっとした顔を作り出した。
「何よその間抜けな声は」
「あ、いや……今日は一人なんですね……?」
「私も好きで人に囲まれてるわけじゃないわよ?」
マイは寝転がるタローの頬を軽くつねると、タローは涙目になりながら何度も謝る。
それに満足したのか、マイは軽く笑みを浮かべながらつねるのをやめた。
「……でも、マイさんじゃなかったらこの騒ぎは一体何なんですかね?」
タローは痛む頬を撫でながら体を起こすと、そんな疑問をマイにぶつける。
するとマイは、「そういえば……」と記憶を探っているのか顎に手を添えた。
「確か今日、Sランク冒険者がこの街に来たってナズナが言っていたかしら。興味が無かったからよく聞いていなかったけれど……その騒ぎかもしれないわね」
「はぁ……Sランク冒険者……ですか……」
タローもマイ同様あまり興味が無いのか、小さくそう呟くだけで特にこれといった反応はしなかった。
そんなタローの意外な反応に驚きを隠せなかったマイは、きょとんとした顔を作る。
「あら……意外と反応が薄いのね。もうちょっと食いつくと思ったのだけれど……」
「僕にはマイさんが居ますからねー」
さらりとそんな事を吐くタロー。
「あれ……マイさん? どうかしましたか?」
分かっていた。タローはただSランク冒険者と組めたらそれでいい。わざわざマイから離れる必要が無いからこの発言をしたのだと、マイはそう分かっていた。
(何よ……なによこれ……!!)
分かっている筈なのに、顔が熱くなり、鼓動が早くなる。まともにタローの顔を見ることも出来ない状態になってしまった。
マイは顔の熱さを少しでも冷まそうと両手を頬に添えるが、自分でもその尋常でない熱さに驚いたのか目を見開く。
「もしかして……昨日の戦闘の疲れが抜けてないんじゃ……」
「なっ──あんな雑魚に疲れるほど私は弱くないわよ!」
「あ! やっとこっち見てくれましたね!」
満面の笑みを浮かべるタローから、マイはまた顔を背ける。
そんな時であった。
「――やっと見つけましたわよお姉さま!! やはりわたくしのお姉さまレーダーに狂いは無かったのですわ!!」
そんな甲高い声が聞こえたのは、本当に唐突であった。
タローとマイはそちらに顔を向けるとそこには、顔の両端に渦巻くドリルのような金髪が特徴的なお嬢様らしき人物が仁王立ちしていた。
「げっ──」
タローは首を傾げたままだったが、マイはあからさまに面倒だという顔を作り出す。
「なんでアンタがここにいるのよ……! もしかしなくてもこの街に来たSランク冒険者って──」
「わたくしのことですわ!!」
「はぁ……」
マイは溜息を付いてしまう。
そのお嬢様らしき人物の背後には見ているだけでも暑苦しくなる程の人混み。それはつまり、この人物こそが始まりの街を訪れたSランク冒険者だという事を表していた。
「私の覚えではBランクだったのだけれど?」
「それはもう一年も前の話ですわ!! 今はれっきとしたSランク冒険者! マイお姉さまと一緒なのですわ!!」
マイはまた溜息を付く。
そんな様子を見ていたタローは状況が読み込めないのか、そのお嬢様とマイを不思議そうに交互に見ていた。
「えっと……お知り合いなんですか?」
「んー……知り合いというか……私のストーカー……かしらね」
「ストーカー……?」
タローは未だに仁王立ちして動かないお嬢様を視界に入れて、暫く固まる。
するとその視線に気づいたお嬢様は、ビシッ! と言う効果音が付きそうなほどの勢いでタローを指差した。
「そこの貴方。庶民の分際でジロジロと見ないでくださる?」
「えっ、あ、すいません……」
「分かればよろしいですの」
タローに注意したあと、お嬢様は後ろに展開されている人混みへと振り返る。
「貴方達も早くお帰りになってくださる? 貴方達庶民と違って、わたくしは忙しいですの。はっきり言って邪魔ですわ」
お嬢様がそのクルクルとドリルの様になった金髪を払いながらそう告げると、意外にも素直に街の人たちは撤退していった。
マイの時とは全く違うその対応に不満を感じたのかマイは目を細くするが、お嬢様らしき人物はそんな事気にせず、ヌルリとマイへ近付く。
「お姉さまぁ。お久しぶりでございますわぁ……」
さっきの態度からガラリと変わり、まるで主人に懐いた犬の様に甘ったるい声を出すお嬢様にタローは思わず「うわ……」と声が漏れてしまった。
そのお嬢様はマイにべっとりとくっつき、離れない。
「気持ち悪いわよ! 離れなさい!!」
何とか剥がそうとするマイだが、意外とお嬢様の力が強いのか剥がれることはなかった。
「た、タロー! 見てないで早く助けなさいよ!!」
「お姉さまぁぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあぁ──」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁああぁぁああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあぁあぁぁぁぁぁ!!」
マイにしては珍しく本気で泣き叫び、それに構わずマイに引っ付きながら気持ち悪い動きを繰り出すお嬢様。
そんな混沌とした空間でどうしたらいいかタローは分からず、立ち上がったはいいもののおろおろとしてしまう。
「は、早くタロー! お願いよ! 一生のお願いだから早く助けて頂戴!!」
「わ、わかりました!!」
その言葉でようやく決心がついたのか、タローはマイにへばりついて離れないお嬢様に近付き声を掛けた。
すると、
「何ですの? 今はお姉さまとの感動的な再開であってよ。ただの庶民風情が邪魔しないで下さる?」
さっきの犬のような状態から一変し、冷たく、まるでゴミを見るかのような眼差しへと変わった。
「えぇ……」
それには流石のタローも戸惑いを隠せず、思わず心の声が漏れてしまう。
すると、さっきのお嬢様の言葉を聞いたマイはその頭にチョップを喰らわせた。
「タローは私のパーティの一員よ。それを馬鹿にするのは許さないわ」
「いてっ──って仲間!? こんないかにも平凡なブタが仲間ですの!?」
お嬢様の言葉に、マイはまた頭にチョップを喰らわせる。
流石のお嬢様もこれ以上はダメだと判断したのかマイから離れた。
「分かりましたわ……。またあとでたっぷりとお姉さまを補充するんですの」
「やめてちょうだい」
もう精神的に疲れたのか、マイは溜息を付く。
タローも、何故マイが最初に面倒な顔を作り出したのかがこれで理解出来た。
「そうね……取り敢えず二人とも、自己紹介でもしなさい」
マイの言葉にタローは頷くと、一歩前に出て頭をぺこりと下げた。
「タローって言います。冒険者です」
だいぶタローも面倒臭がっているのか挨拶もどことなく適当感が漂っていた。そのせいか、タローの言葉にお嬢様は首を振る。
「何でわたくしがこんな汚い庶民に名を名乗らなければならないんですの……」
いや、タローの言葉に首を振っていたんじゃない。そもそも自己紹介をすることを嫌がっていたのだ。ぶつぶつとそんな事を呟いていたが、マイがキッっと睨むと、お嬢様は仕方なくといった感じで髪をいじった。
「エミル・ディ・アルティニエですわ。このわたくしの名を知れたことに感謝をするんですの」