第十一話.薬草と合成獣
それから一時間程歩き、二人はクエストの目的地である森へとやってきた。
「ふぅーん……森って聞いていたけど、ここら辺はあまり森らしくないのね」
マイの言うとおり森といってもそんなに木は生えておらず、葉もそんなに生い茂っていない。
その為外と変わらない程明るかった。
「こんな場所に本当に薬草なんてあるのかしら……」
「見たところ雑草しかありませんねー」
タローとは草が生えている木の近くをくまなく探すが、見つかるのは全て雑草のみ。目的である薬草は何処にも見当たらなかった。
「にしても、薬草の見本くらい用意してほしいわ」
「あっ、僕分かるんで大丈夫ですよ。薬草にはだいぶお世話になった事あるんで」
笑顔でそう話すタローに対し、マイは苦笑してみせる。
「詳細は聞かないでおくわね……」
一時間ほど前にあんな事を言われたのだ。これで過去について問い掛けたらまた地雷を踏みかねない。
マイは首を振ると、気持ちを切り替える為か森の奥をじっと見つめた。
「はぁ……どうやら奥に進むしかなさそうね」
ここはいわば森の入り口。もっと奥に進めば、ここの倍以上ある木が生い茂っているのだろう。それはこことは違い、光があまり届かない場所になっていた。
「ね、ねぇタロー? はぐれてはいけないから手を繋がないかしら」
震えた声で問い掛けるマイに対し、タローは確かにと何故か目を輝かせた。
「そうですね! 繋ぎましょう!」
タローは自らマイの手を取り、ギュッと強く握る。
タローの手は筋肉が無いヒョロヒョロとした手だ。だが、何故か今だけはそれが心強く感じたマイは深呼吸すると、意を決してその歩を進める。
「──あの……マイさん? 何か歩くスピード遅くないですか?」
「う、うううううるさいわね!! 魔物がいるかも知れないから慎重に行ってるのよ!!」
「いや、その……そうなんですけど……多分一メートルも動いてませんよ?」
「うっ……」
マイは足を動かしてはいるのだが、少し右足を出してから左足を右足付近まで寄せ、また少し右足を出すの繰り返しだ。
片足でしか歩いていないと言っても過言ではないその歩き方に疑問を感じたタローは首を傾げる。
「これは……そう! ストレッチよ!! 何時間も歩いたから足を伸ばしてほぐしてるのよ!!」
「なるほど! 戦闘になって足が動かなかったら駄目ですもんね!!」
「そうよ!! だからこれは仕方ないのよ!!」
バカで助かった、とマイは心から安堵していると、森の奥から何か草をかき分ける様な音が鳴るのが分かった。
思わずマイは「ひぃ!?」と反応し、二歩ほど後退ってしまう。
だが、森の奥から現れたのは、何の変哲も無いただのウサギであった。
「あ、ウサギですね! ひさしぶりに見ましたよ! 可愛いですよね!!」
タローは一人で興奮しているが、それどころでは無かったマイは心臓をバクバクさせながら、良かったと胸を撫で下ろす。
そんなマイの様子を見たタローは何か疑問を感じたのか、暫くマイの顔を見つめた。
「マイさんってもしかして──」
その言葉にマイはぎくりとすると、恐る恐るタローの方へと顔を向けた。
「動物苦手なんですか?」
「はぁ……」
「何でため息付くんですか!?」
マイは何でもないと誤魔化すと、タローの手を引きながらズカズカと森の奥へと歩を進めていった。
(何だか怖がっていた自分が馬鹿らしくなってきたわ……)
怖さが緩和されたのは、ある意味タローのおかげだろう。
タローはまだよく分からずに首を傾げてハテナマークを出しているが、マイは説明する気がないのかずっと無言であった。
それから少し歩き、辺りは若干薄暗くなってくる。
「ん……?」
そんな時に、また草が擦れるような、そんなガサガサとした音が前方から聞こえてきた。
だが、今度のマイは怖がりはせず、逆に堂々と胸を張って笑みを浮かべている。
「ふん、今度は騙されないわよ。どうせまた動物なんだから」
そんなマイの言うとおり、今度は狼のような動物が現れ、マイたちのすぐ横を通りすぎていく。
「ほらね」マイはそう言ってドヤ顔をすると、タローは目を輝かせた。
「何で分かったんですか!?」
「このくらい当たり前なのよ。Sランク冒険者になるとこのくらい怖くも何ともないんだから」
タローの質問に対して全く答えになっていないが、その事に二人は気付かず、また歩を進めていく。
「えーっと──あ、ありましたよ!! あれが薬草です!!」
「えっ、本当に!?」
タローの指差した方向にマイは顔ごと動かして見ると、確かにそこには、そこらに生えている雑草とは少し見た目が違う草が生えていた。クエスト用紙に書かれている特徴とも合致する。
「いち、に、さん……五つかしら。一〇本必要だからあと半分ね」
早速薬草を回収すると、クエスト用紙を確認し、残りの薬草を探しにまた歩いた。
(何よ……暗くてただ怖いだけでそんなに難しくないじゃない)
マイがそんな事を考えながら歩いていると、またガサガサと音が鳴る。
それに一瞬動きを止めたマイだったが、また動物なんだと自分に言い聞かせ、無視してまた歩いた。
「あっ、次は犬ですよ!! デカイワンちゃんですね!」
そんな時にタローが、何かを指差しながらそう言ってきた。
マイは反射的にその場所へと目を向け──硬直する。
何処をどう見たら犬なんて言えるのか、タローの目を一度くり抜いて自分に付けてみたいと、冷や汗を流しながらマイは考える。
「……確かにこれは、難易度が高くなるわけね」
マイの視線の先には、全長四メートルはあるであろう魔物が映し出されていた。
ライオンの頭にヤギの胴体、尻尾は蛇で出来たその魔物の名は、合成獣。Aランクレベルの魔物である。
「合成獣なんて久しぶりに見たわよ」
マイがそう言い終わると同時に、合成獣が低く唸る。すると、合成獣の手下なのか狼型の弱い魔物達が辺りから姿を見せ始めた。
その数は約一〇体。
「あら、手下なんているのね。もしかしてあなたがこの森の主かしら? 笑えるわね」
マイは腰に携えた片手剣を鞘から取り出すと、地面に突き刺す。
「タローは下がっていてちょうだい。このくらい、一瞬で終わらせてみせるわッ!」
「ワンちゃんがいっぱい!! 凄い!!」
「あなた竜のときもだけどホント言う事聞かないわねっ!!」
マイはそう言いながら剣を更に深く突き刺すと、前方に衝撃波が発生し、地面を割りながら合成獣を含む魔物達へと襲い掛かっていく。
合成獣と他の何体かには避けられたが、半分程の魔物がそれによって吹き飛ばされ、木などに衝突して動かなくなった。
それを確認したマイは剣を引き抜くと、横に回って飛び付いてきた魔物の胴体に剣を刺し、更に反対方向から飛び掛かって来ていた魔物へとそれを叩き付けた。
それにより地面は抉れ、叩き付けられた二体の魔物は動かなくなる。
マイは魔物から剣を引き抜くと、もう一体の魔物にとどめをさし、他の魔物達を睨み付ける。
「この程度かしら。竜と比べたら本当に弱いわね」
そんなマイに対し、様子を伺っていた残りの魔物達が一歩後退った。
だが、逃げる事は許さないとばかりに合成獣は吠えた。残りの三体の魔物達はそれに身体を震わせると、もうやるしかないと我武者羅にこちらへと突進してくる。
もちろんマイは剣を構えると、魔力を流したのかその刀身が淡く光りだした。
「──待ってマイさん」
そんなタローの言葉と同時に、空気がガラリと変わるのが分かった。
マイの刀身から光が消えさり、まるで金縛りにでもあったかの様に身体が動かなくなる。
それは魔物達も同じな様で、皆小刻みに体を震わせるだけで動くことは無かった。
「僕が倒すよ、あの大きな合成獣は。だから他の子たちは見逃してあげて」
動けば殺される。
そんな逆らう事のできない圧倒的威圧感を放ちながらも、タローは落ち着いた口調でそう話す。
(これはタローの能力なの……? 何よこの能力は……!?)
正直、これまでタローの事を甘く見ていた。竜を倒したと言っても自分でもそのくらい出来るし、何よりも倒した所を見ていなかったから軽く見ていたのだ。
どんな能力なのかはわからない。だがこれは恐らくマイが出会い経験してきた固有能力者の中でも断トツで強力な人物。まさに最強クラスの固有能力所持者である。
竜を倒した時に見せた物理的な力。それに加え、Aランクの魔物とSランク冒険者のマイを行動不能にさせる程の精神的な力。
二つの能力を持つことなんて聞いたことがないが、これならばあんなに隠したがっていた理由も分かる。どちらも強力で化物クラスの能力なのだから。
「自分の命くらいは自分で決めないと駄目だよ。生きるも死ぬも、結局は自分で選択して決めないと」
首が動かせない為タローの表情は分からない。
だが、そんな状態でもマイには一つだけ理解する事が出来た。
「死にたくないのに、本当は逃げたいのに、命令されたから、歯向かったら怖いから仕方なく従って死にに行くなんて──そんな馬鹿なことはやめておいたほうが良いよ」
そんなタローの放つ言葉達には、間違いなく『怒り』が含まれていただろう。