第十話.クエストと能力
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「──もう……何よほんとに……! 竜を倒したからって普通あんなにはしゃぐのかしら……それに私が倒した訳でもないし……!!」
マイは平原を歩きながら、隣に並んで歩くタローにそう愚痴をこぼす。
そんな二人の顔は疲弊しきっており、街で人混みから抜け出すのに相当苦労した事が伺えた。
「すいません……僕が嘘を付いたばかりに……」
「確かにそれもあるけれど、これは流石に街の人達がおかしいわよ。私が居た街なんて竜を倒すのが普通に行われていたのに何よこれ。今ならおとぎ話の勇者の気持ちが分かる気がするわね」
「うぅ……すいません」
タローは本当に申し訳ないと思っているのか、顔を伏せながら謝った。
「まぁそれももう過ぎた事よ。こんな風にクエストも取れて、こっそりと街も出れたわけだし」
マイはクエスト用紙を取り出し、薄く笑みを浮かべる。
「確かCランククエストの薬草集め……でしたっけ。薬草を集めるだけなのに何でCランクなんですかね?」
「そうね……」
タローの言葉を聞いたマイは、クエストの内容に目を通した。だが、これと言ったことは書かれておらず、書かれているのはその薬草の名前と外見の特徴、そして場所だけであった。
「ん……見たところ詳しい内容は書いていないのだけれど、確かにCランクにしては報酬金額もAランク並みに高いしよく分からないクエストね。その薬草が生えている場所が危険地帯なのかしら」
マイは顎に手を添えながらぶつぶつと呟く。
人混みの中何とか適当に取れたクエストがこれだったのだが、もしかしたら厄介なクエストなのかも知れないと、マイはそんな事を考える。
というのも、Cランクのクエストにしては難易度が低すぎる。薬草を集めるだけならFランクでも出来るのだ。
例えその場所に魔物などが居ても、始まりの街付近の魔物はとても弱いため、EランクやDランクでも十分対処できるはずである。
それなのにCランクで、更には報酬金額が高いときた。
ならば考えれる事は一つ。
(これは誰もクリア出来なかったクエストね。報酬もAランク並みに高い所を見ると、Aランク級の魔物が付近に生息しているのかしら)
もしマイの考えが合っているとするならば、戦闘はまず避けられないだろう。SランクのマイにとってAランクの魔物は敵ではないが、何よりも隣でのほほんと歩くタローが心配だ。
実際に見たわけではないが、竜を倒す程の実力がある為そんな心配も無用なのかも知れない。
だが、未だにマイのイメージは一〇キロ程度の片手剣も持てなかった貧弱な人間のままなのだ。
マイは隣で歩くタローを視界に入れる。
(竜を倒すほどの固有能力。誰にも教えたくないくらい強い能力なのかしら。竜の攻撃を右手だけで消していた記憶があるし、敵の攻撃を無力化する能力……? でもそれでは攻撃を防げても竜を倒せないわよね……)
「マイさん? じっと僕の方を見てどうしたんですか?」
「あぁいや……あなたの能力について考えているのだけれど……」
「えっ?」
「あっ──」
しまった、そう気付いたときにはもう遅かった。
考え事に夢中になりすぎたあまり、つい本音が漏れてしまったのだ。
マイは慌てて訂正しようとするが、何も良い言葉が思い浮かばない。
「……やっぱり気になりますよね」
タローの言葉に、マイは固まる。
何故、固有能力を知られたくないのか。気にならないと言えば嘘になってしまう。
今この場で嘘を付くのは出来るだけ避けたかったマイは、頷くことも、首を横に振ることもしなかった。
するとタローが力なく笑う。
「いいですよ。マイさんになら」
タローは動かしていた足を止め、深く、深く深呼吸をする。
──遂に聞く事ができる。竜を倒したその能力を。
そこでマイはふと思う。
あの時タローを見て身体がもぞもぞしたのは、もしかしたら固有能力について知りたかったからでは無いのかと。間接キスなど関係なく、タローの正体について知りたかったからではないのかと。
「僕の能力は──」
マイは、タローが放つ妙な緊張感に息を凝らしながらその時を待つ。
だが、タローは口を開けた状態で少しの間止まったかと思うと、首を振り、その口を閉じた。
「……すいません」
まだ能力が明かせないということだろう。タローは一言だけ謝った。
「……そう。まぁ薄々分かってはいたのだけれどね。そんなに隠したくなるほど強い能力なのかしら?」
「強くなんて無いですよこんな能力」
まさに即答であった。
タローにしては珍しいその力強い言葉に、マイは驚きのあまり思わず声を漏らしてしまう。
「誰も救えない。誰も守れない。誰も笑えない。助けようとしたら攻撃されて、守ろうとしたら逃げられる。皆、僕の事を『化物』って泣き叫びながら僕から逃げていくんですよ」
「た、タロー?」
「誰も幸せにならない。自分すらも守れない。そんな能力が強いわけ無いじゃないですか。僕はただ皆と──」
何かを言い掛けた所で、タローは止まる。
「……すいません」
タローが謝ると、唖然としていたマイも何とか正気に戻り、大丈夫よと返事をした。
「私は何も聞いていないわ。そういう事にしておく」
「そうしてくれると助かります……」
タローは恥ずかしそうに自分の髪を触る。それに対しマイは笑って返すと、また目的地へと向かって歩を進めた。
(誰も幸せにならない能力……か。何処かで聞いた事があるわね……)
マイは自分の過去の記憶を探るが、中々思い当たるものが見つからない。
(気のせいかしら)
マイは諦めて記憶探りをやめると、隣で歩くいつも通りのタローを視界に入れ、借り換えが早いと軽く笑うのであった。