第九話.食事と間接キス
書き溜め放出。しばらく毎日投稿続きます
タローが何とかマイを救出すると、人目のない料理店へとマイ達は避難した。
「ホント……大変な目にあったわ……」
マイは疲れた声で呟きながら、テーブルに置かれたトマトパスタをフォークで絡め取る。
あの後はまさに地獄であった。マイを見つけた者達が一気に群がり、まさに身動きが出来ない状態になってしまったのだ。更に面倒な事に、少し時間が経っていたせいもあってかその人数は朝の倍程増えていた。
「本当に……何とか助ける事ができて良かったです……いつもあんな感じなんですか?」
タローはマイの真似をしてかフォークをくるくると回しながらそう言うと、全てのパスタが巻き付いたフォークを持ち上げ、子供のように口一杯に頬張った。
「おぉ! おいひぃれすね!!」
「そ、そう……」
タローは幸せそうに口を動かしている。こんな状態で誰のせいでこうなったのかと言える筈がない。
それにどうしたらそんな量のパスタを口の中に入れる事が出来るのかとマイは困惑しながらも、自分の口の中へとそのパスタを運んだ。
「あら……本当に美味しいわね」
「口の中が幸せです……」
何時間か掛けて何とか人混みから脱け出したあと、なるべく人目の付かない場所で朝ご飯──もう昼なのだが──を取ろうと路地にひっそり佇むこの店を選んだのだが、これが意外にも美味しい。何故店の中に誰も客が居ないのか不思議でならない程であった。
「あれ……」
タローはまたフォークでパスタを絡め取ろうとするが、そこにある筈の手応えがない。タローは視線を落として確認すると、その皿からはパスタがキレイに消え去っていた。
「あっ…………」
タローのテンションが一気に落ちる。どうやら一口で全て食べていた事に気付いていなかった様だ。
その様子を見ていたマイはため息を付くと、仕方ないとフォークをお皿の上に置き、自分のパスタが入った皿とタローの空の皿を交換した。
もちろんタローは慌てて要らないとパスタの入ったお皿を返すが、マイは無視して店員を呼び、また新たにパスタを注文した。
「ほら食べなさい? 私はもう注文しちゃったんだし」
そう言って軽く笑うマイ。
タローは暫く食べるか食べないかを考えていた見たいだが、結局パスタの入った皿にあるフォークを握り、たったの二口で全て食べてしまった。
「お、おいひぃ……」
相変わらず凄い食べっぷりだと薄く笑みを浮かべながら料理を待っていたマイだったが、そこでふと、ある事に気づいた。
本当に些細な事かもしれない。気にしない人が殆どかもしれない。こんな事を考えても仕方ないかもしれない。
だがマイにとってそれは、間違いなく重要なものであった。
それはつまり──
(これって……もしかして間接キス……っ!?)
そう、間接キスである。
タローはわざわざ自分のフォークを置き、マイが渡したお皿に置かれていたフォークを使ってパスタを食べた。もちろんそのフォークはマイが一口食べた時に使ったフォークなので、使用済みのフォークだ。
マイは熟練の冒険者。だが、それと同時に一人の乙女でもある。気にしてしまうのも仕方がないと言えるだろう。
一方のタローは全く気にしていない──いや、そもそも間接キスの存在自体を知らない可能性が高い。
つまり、意識しているのはマイだけ。
そしてそんなマイ自身も、こんな事を考えるだけ無駄なのだと、頭ではそう分かっていた。だがどうも身体がもぞもぞと落ち着かない感じになり、どうしても意識してしまう。
これは、まだ食べたりないのかタローが子供の様にフォークをくわえているのも原因の一つだろう。
その結果マイは、じーっとタローの口元を見つめながら固まることになってしまった。
「……もしかして食べない方が良かったですか?」
「──えっ!? あぁいや、全然食べて貰って構わないわよ」
ハッと意識を取り戻したマイはそう言うと、タローは不思議そうに首を傾げた。
「でもさっきから様子がおかしいですよ? 顔も赤いですし……はっ! もしかしてさっきの疲れで熱でも出たんじゃ──」
「ないないないない! ここがちょっと暑く感じてるだけよ!」
「……ホントですか?」
「ホントホント! あー暑いわねぇ暑いあつい……」
マイは手を使って顔に風を送り、いかにもな暑いふりをする。
もちろん、本当は暑くなんてない。本当に暑いと感じていたらレザーアーマーを脱いでいる筈だ。
だが流石はタローと言えるのか、「良かったぁ」と、何故か納得したようである。
(バカで良かった……)
マイは何とか誤魔化せたと安堵するが、身体のもぞもぞ感は消えること無くマイを襲い続ける。
その原因が今のタローなのだとしたら、やるべき事は一つ。
「そ、そんな事よりもタロー。この後クエストにでもいかないかしら。聞きたい事もあるし」
「えっ!? いいんですか!? ……でもなんで横向いてるんですか?」
横を向いたまま話すマイに疑問を感じたタローは首を傾げた。
「こ、これは……そう、首の体操よ。いざって言うときに首を痛めたらダメだから今の内に体操しておくのよ」
苦し紛れの言い訳をマイはすると、それを聞いたタローは目を輝かせた。
「なるほど! 流石Sランク冒険者ですね!!」
マイのマネをしてかタローも顔を横へと向けた。
(……何よこれ)
あのもぞもぞ感はマシになった。だが次は空気に堪える事が出来ない。だからといってまた顔を戻したらまたもぞとぞとする。
「お待たせしましたー! こちらがパスタ……に……」
そんなよくわからない状況を、頼まれた料理を持ってきた店員が目撃してしまった。
それを暫く眺めていた店員はそっと料理をテーブルに置くと、空の皿を回収し、何も言わずに離れていく。
流石にこれは恥ずかしくなったのかマイは顔を戻すと、タローの姿をなるべく視界に入れないように運ばれてきたパスタに手を付け始めた。
すると、ぐぅー、といういかにもお腹が空いている音が目の前から聞こえてきた。
顔を上げると、恥ずかしそうに髪を触るタローの姿が映し出される。
「あはは……すいません……」
「まだ食べたりないなんて、あなたの胃袋はどうなっているのかしら……」
マイは呆れに近い声で言うと、そのパスタもタローへと渡した。その瞬間に、マイの目の前にまた新たなパスタが置かれる。
何故かと横を向いてみると、無邪気に笑みを浮かべた店員がそこに立っていた。
「その……これは頼んでいないのだけれど……」
「サービスです! 美味しいものでも食べて、仲直りしてください!!」
どうやら店員は、この二人が喧嘩したのだと勘違いしたらしい。
マイはそういう訳じゃないとさっきの状況を何となくで説明すると、店員は驚いた表情を作り出した。
「そうだったんですか! すみませんすみません! こちらが勝手に勘違いしてしまって!!」
「別に怒ってないわよ。ほらこれ、返すわね」
「いえ、そちらはお詫びの品という事で……」
「あら……なら頂くとするわ。ありがとう」
勘違いと言っても作ってしまったものは仕方がないし、実際マイもお腹が空いている。ここは好意に甘える事にした。
そして二人共無事完食し、マイとタローは席を立ち上がると会計へ向かう。
するとさっきの店員ではなく、いかにも厳しいと思える顔をしたがたいのいい中年の男が奥から現れた。
「さっきはすまなかった。喧嘩をしているなどと勝手に決めつけるバカはこちらでしっかりと教育しておく」
「いえ、それに関してはそう思わせた私達が悪かったわよ。それと、叱るではなく褒めてやって頂戴。勘違いとはいえ知らない人同士の喧嘩の仲裁なんて中々できるものでは無いもの」
マイはそう言いながらポーチを何処からともなく取り出し、ピッタリ分の料金を支払った。
男はそれを受け取ると、マイの言葉に渋々頷く。
「……了解した」
それだけ言うと、男はまた奥へと戻っていく。
「ありがとう、美味しかったわ。また来るわね」
そんなマイの言葉に、背中を向けたまま男は小さく頷いた。
「よし、じゃあ腹ごしらえも終わらせた事だし、早速クエストに行くわよタロー」
「は、はい!!」
マイは店の出口である扉を開け、その歩を進めた。
──マイにとって街は地獄だと言う事を忘れて。