古今閑話集 1
本日2話投稿します。
俺の名前は『テイガ』
パーティーの盾役として、最前列で戦っている。仲間内では寡黙な男として扱われている。
口下手だから、話すと怖がられる事が多くて、だんだんこうなった。ホントはおしゃべりするのもキライじゃないんだ。メンバーだけは理解してくれている。……ばずだ。
『始まりの町』で傭兵として雇われ、野獣討伐に参加した。
あんときゃ、焦ったぜ。
「おはようございます……?」
森の中でヤツに遭遇した時の、最初の言葉がこれだ。
自分でいうのもなんだが、連日の討伐隊への参加で、イカツさに拍車がかかっていたはずなんだ。しかも俺たちは3人だ。見るやつにしたら、逃げ出すぞ。俺でも隠れたくなるかもしれない。1対3なんてゴメンだからな。にもかかわらずだ、そんな挨拶するか? 戦闘体勢をとるだろ。
装備を見れば駆け出しの物だ。しかも新品みたいに真新しく見える。何者だ? こちらを警戒しながらも、始まりの町を指差して、
「失礼ですが、そこの町の方ですか?」ときたもんだ。
敵対するようには見えないのだが、何があるか分からないのが世の常だ。さすがリーダー、警戒は怠っていない。
「どこから来た? おまえの所属は?」
少しの沈黙後、ヤツは自己紹介を始めた。
「俺は、旅人だ。このさきに見える町に向かっているところだ」
俺は警戒したまま、ヤツの様子をうかがった。捉え所がないというか、初めて見る反応ばかりで、変に新鮮だった。俺には弱そうにしか見えないのだが、話し方といい態度といい、俺たちを相手にしても揺るがず、自信あり気だった。
攻撃の素振りもないことから、俺たちは受け入れることにしたんだが、また驚かされた。
俺たちの討伐対象である野獣の群れに襲われたと、何てこともないかのように告げたのだ。戦闘したようには見えないキレイなままの装備で、それは有り得ない。あいつ等はそんなに生易しいもんじゃないんだ。少しでも気を抜けば、あの連携とスピードでヤラれてしまう相手だ。無傷で切り抜けられるはずがない。だから俺たちは複数で行動してるんだ。それなのに1人でだと。
何言ってやがる!
一瞬怒りがこみ上げてきたが、リーダーの言葉に冷静になる。
「なにぃっ! 昨日のいつだ? 数は? どんな奴らだ?」
「昨日の昼過ぎだ。数は最低7。四足歩行のひどく汚れた茶色の生き物だった。ただの野獣じゃないのか? それなりに統率はとれていたな」
ウソをついているようには見えない。何てこともなかったかのように、涼しい顔をしている。なんなんだこいつは。しかも情報と引き換えに、町までの同行を暗に示してきた。ただもんじゃねぇ。直感がそう告げる。
3人で相談し、了承を伝える。少しでも有用な情報がほしいからだ。町までの街道はすぐそこだから、大した手間でもない。ヤツは、初めての道で勝手が分からないときた。
すぐに先導して歩く。森での動きは素人で、やはり強そうには見えない。だが、何かある。得体のしれない空気感。例えるならそれだ。
「俺はリーダーのガイ」
「俺はアオール、こっちはテイガだ」
「さっきも言ったが俺は旅人だ。よろしく頼む」
挨拶を交わし、様子をうかがう。
ヤツからの質問は、野獣の事を全く知らないという感じだ。俺たちがこれだけ苦労しているというのに。呑気なもんだ。
「そうか。もしかしたら俺が少しやりすぎたから、この辺にはいないかもしれないな。必死で逃げていったからな」
「……オイオイ、冗談なら笑えんぞ。あいつ等は群れるから厄介なんだ。独りでどうこうできるようなもんじゃねえぞ」
「バカ、匂いとかで追い払ったって事だろうよ。そうだろ?」
「………」
本気で言ってんのか? 俺は、声にならなかった。ヤツは更に、
「いや。冗談でもないぞ、5匹だ。5匹は確実に息の根を止めた。逃げたやつの正確な数は分からんが、数匹だったと思う。この先の広場みたいな所で襲われたから、返り討ちにした。どうやったかは、……ヒミツだ」
「…………」
ヤバい。コイツはヤバい。俺にどうこうできるヤツじゃねぇ。俺の生存本能がそう告げる。
俺たちは無言になり、重たい空気が流れる。皆もヤツの実力を測りかねてるんだな。
「まあ、信じてくれと言うつもりもないが、案内の礼に正確な情報を提供したつもりだ。ちなみに、全て燃やしたからな。何も残ってはないぞ」
「…………」
声を出せずにいるうちに、街道に近づいた。
ようやく解放される。短いはずの道のりがやけに長く感じた。
冷や汗だと? 俺が。こんなヤツ相手に……
「ちょっと聞きたいんだが、あんた等は3人パーティーなのか?」
「……」
「……ん。おう。なんだ? 何を今更。3人しかいないだろうに」
「そうなんだが、少し気になってな。もしかしたら……」
ちっ。なぜ知ってる! コイツただもんじゃねぇ。特殊な能力持ちか。自信の根拠はそれか!
やるか? やられる可能性も高いが、こっちは3人だ。
どうするよ、リーダー。
俺が身構えようとするより早くヤツから一言、
「いや、いい。やめとくわ」
「おい、なんだそりゃあ」
「すまん。忘れてくれ。これが街道だろ? じゃあ、行くわ。ありがとな」
正直、助かった。不覚にも俺はホッとしてしまった。ドッと疲れが身体を襲う。これだけのやり取りで悟った。俺はヤツには勝てねえ。
結局何も言えなかった。人を見かけで判断しちゃいけねぇ。
俺は肝に銘じた。
ヤツは、片手を上げて颯爽と歩き去る。
「……おう。じゃあ、またな!」
「じゃあな、タビト!」
「またな、タビト」
ようやく言葉にできたのは、別れの挨拶だけだった。
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