そうだ、王都へいこう
翌朝
教会を訪れようとすると、昨日のシスターさんに出迎えられた。
「おはようございます」
「おはようございます。笑顔が眩しいですね。何かいい事ありましたか?」
「……」
「そう言えば、お互いまだ名乗っていませんでしたね。
私はタビトと呼ばれています。あなたは?」
「……はっ、わ、私の名前はセシリア・ファイルド、こちらでシスターをやらせていただいています。いやだわ、名乗るのも忘れていただなんて、
……それに眩しいだなんて、……これが運命の出会いというものなのかしら……。いけないわ、私はシスターよ……、でも……、まぁ、どうしたらいいの……」
この町の早口チャンピオンなのだろう。チャンピオンの金メダルはあるのかな? 途中から全然聞き取れない。外国語なの? でも楽しそうだな。名前も聞けたし、いいかな。
「それで昨日の依頼の件なのですが、私に受けさせていただけますか?」
「まあっ! ありがとうございます。受けていただけると思っていましたわ。やはり思った通りのお方でした。どうしましょう。あっ、こちらの話ですわ」
顔を赤くして喜んで、そこまで嬉しいことなのか。やはり、シスターというだけあって、人の幸福を心から想っているんだろうなぁ。
「行くついでと言ったら失礼かもしれませんが、ギルド員でもない私に報酬まであるのですから、私にとってもありがたい話だと思います。ですので、少し前倒しで出発するくらいはしてもいいかなと思いまして。できるだけ早くという事なので、そちらの準備ができているのでしたら、今からでも出発したいと思いますが、いかがですか?」
「まあまあまあっ! こんなにありがたい事はありませんわ。この子のためにも、少しでも早くと願っておりましたので、こちらの準備は終わっておりますわ。いつでも大丈夫です。
……あぁっ、なんというお方、ご自身の予定を前倒ししてまで、それに今すぐにでもなんて、なんという優しさ、なんという行動力! 間違いないわ、この方こそ…………」
また外国語だ。途中から切りかえるって凄いテクニックだよね。まだブツブツ言ってるし。すぐ自分の中に入っちゃう人なんだな、きっと。まあ今のうちに、この子にも確認しておこうかな。
よっと。しゃがんで顔の高さを合わせる。
「じゃあ、王都まで一緒に行く事になるけど、状況は理解してくれてるかな? 君のために王都の奴隷商館にいって、その首輪の事を確認してもらうんだけど、分かる?」
「……」ふんふん。
いい笑顔だ。
「よし、じゃあお世話になった人達に挨拶は済んでる?」
……ふりふり。
首左右に振って否定の意思を伝えてくる。
「じゃあ挨拶代わりに、しっかり心を込めて教会に向かってお祈りしておきな」
……ふん。
ゆっくりと振り返り、教会に向かって少し長いお祈りをする。
いい子なんだよなぁ。どうしてこうなったのかねぇ。
「はい。よくできました」つい頭を撫でてしまった。
恥ずかしそうに顔を伏せる。
いかん。無意識だ。次いこう。
「ではセシリアさん、大丈夫ですか?」
「……はぁっ、
セシリアさんだなんて……いつもはシスターとかシスターセシリアとかなのに、なんて優しい響きなのかしら。とても嬉しい気持ちになるわ。この方に呼ばれたからかしら……あぁ」
急に背中を向けてブツブツ言ってるし……病気なのかな?
まったく聞き取れん。どこの世界にいってるんだ?
準備万端、書状に報酬の入った袋、保存食まで入れてあると。
ありがたく受け取り、出発だ。
事が事だけに、誰が見送りに来るという事もなし。何事もないかのように教会は平静を保っている。
「じゃあ、行きますね。セシリアさん、では」
「……はっ、あ、い、いってらっしゃい?
旅の無事をお祈りしております。またおいでくださいね」
見えなくなるまで見送ってくれるなんて、お・も・て・な・し! 言葉はなくとも優しさが伝わってくる。大事にしたいね。この精神。
あ、深い意味はないよ。
「表なし」→「裏がある」とかじゃないから、フラグじゃないから。素直に、表裏のない心でお客様を迎えるって意味の感じが伝わったんだよ。
* *
ガタン
「お疲れ様でした。『サウンの町』に到着しました。明日は日の出を目安に出発しますので、またこちらまでお越しください」
日が沈む前に到着した。
いいね、馬車も。初体験。身体はバキバキだけど、スピードが段違い。時間の節約にはいいのかもね。物凄く高いけど。
シスターのセシリアさんに見送られた後、急いで乗り合い馬車の待ち受け所へ。程なくして定員になり、無事出発。
定期便はなく、予約しても定員にならないと出発してくれない。人が集まらないと、何日も待たされることになる仕組み。
商業ギルドの馬車は毎日行き来しているので、交渉次第で直ぐに出発できたりはする。だが、お高いと。足元見られてふっかけられるか、面倒がって相手にされないと。よほど関係が良好でなければ、交渉すら難しい。
なので運が良かった。シスターの祈りが通じたのだろう。そういう事にしておこう。
10人乗りの馬車に乗客は8人。護衛もしっかり付いて安心と。
この街道では、モンスターはちょくちょく出ることもあるが、テンプレの盗賊はまずいない。王都周辺の町では治安もそれなりで、仕事もそれなりにある。そんな死へのカウントダウンまっしぐらの職種につくような危険人物は、そうそういないと。
ちなみに盗賊討伐、依頼が出ていなければ報酬はない。勝手にやってねって事。証明のしようがないからね。訓練も兼ねて、国や町の兵士が定期的に周辺の巡回をしているが、基本的には、町の外では自分の身は自分でなんとかしなさい。そこまで面倒見きれません。てね。
こっちでは当たり前の事なんだけど、まだしっくりきてない感覚もある。厳しい世界です。強さは必要。
ガタガタ、たまにガタンガタン揺れたが、なんとかなった。途中で昼休憩もあり、リフレッシュできたので堪えられた。こういうものらしい。よく整備されている方だと。
天気も良く、平穏無事に到着。乗客の皆さんと世間話で盛り上がるなんて事もなく、よそよそしい空気のまま時は流れた。そんな緊張感があったから堪えられたのかもね。
で、宿を押さえひと息。
「お疲れさま。身体は大丈夫? どこか痛くない?」
「……」ふん。
「そうか、今は我慢しなくていいからね。できる事はしてあげるから」
……ふんふん。
こんな取り決めをした。
肯定の意志は、頭をタテに振る。
否定の意志は、頭をヨコに振る。
意志の強弱は振る回数で表す。
いつもは1回、感情を込めて強く伝えたい時は2回、絶対的な意志表示は3回以上。
何か伝えたい時は服の袖や裾を引っ張るか、足や肩などを軽くトントンと叩くこと。
お腹が減った時はお腹にてを当て押さえる。
どこか痛い時は、そこを撫でる。
眠い時は目を擦る仕草を。
軽い挨拶は、肘を曲げて掌を相手に向ける。
感謝には指を組んで教会の祈りの仕草を。
こんな感じで最低限。お互いの円滑なコミュニケーションのために取り決めた。
『首輪』があり、いろいろ気を遣うので、食事は部屋で済ませた。
初めての町に来たのだが、散策するにはもう遅い。行くとしても飲み屋くらいか。護衛も兼ねてるし、身体もバキバキで、否定の意志を伝えてくる。『魔法』は使わないことにしてるから、〈洗浄〉も〈癒やしの光〉もなし。
『アイテムボックス』は、普通に使ってるから、知られてと思うけどね。
今は酒を飲みたいとも思えないし、無理に出ることもないので、大人しく寝ることにした。
明日も早いからね。
読んでいただきまして、ありがとうございます。
『読む』楽しさを感じられる皆様。評価してますか?
ならば、癒やしのひと時を。
ちょっと立ち上がり、ぐーっと背伸びをするだけです。
固まった体に、定期的に伸び入れてほぐしてあげましょう。
さあ今です。その手で評価を。