第2話 魔導少年誕生 ①
「君、君!しっかりするのじゃ!」
「あ、は、はい!」
やさしげでしっかりとしたおじいさんの声が耳元に聞こえてきて、勇斗は思わずとび起きた。目を開けてしばらくはぼんやりしていたが、だんだんはっきり目の前に誰かがいるのが見えてくる。
目の前にいたのは、見たこともないような変わった服を着たおじいさんだった。
肩はばと同じくらいある、大きくて横に長い白い帽子に、大きくてゆったりと長いまっ白なマント。キラキラ真珠のように光っているふしぎな生地でできた、それでいてじょうぶにそうなゆったりとした服。なによりその帽子や服にまけないくらい大きくてりっぱな、雲のようにまっ白でりっぱなおひげ。
顔は神社のご神木のように深くてしっかりとしたシワでいっぱいだったが、シワの流れはやさしくやわらかい。何よりそのシワの中に埋もれかけていた青色のサファイアのように青いひとみは、見ているだけで安心させてくれる光を出していた。
「あれ?ボクはたしか赤い服のおじさんに、何かされて眠っちゃったんじゃ……」
「その通りじゃ。だから、ワシが起こしてあげたのじゃよ」
まだまだ意識がふわふわとぼんやりしている勇斗に、そのおじいさんはやさしく言葉をかけてくれた。しばらくすると意識がはっきりもどってきて、勇斗は自分を起こしてくれたおじいさんに向ってていねいにお礼を言う。
「あ、ありがとうございます!あんなところで眠っちゃったら、カゼひいちゃうところでした!」
頭をしっかりと下げてお礼する勇斗。しかし、お礼を言われたおじいさんの方は、おせじにもあまりうれしそうな顔をしていなかった。
「うむ。カゼを引くぐらいだったら、本当に良かったじゃろうなぁ」
「え?あ、あの……、それってどういうことなんですか?」
おじいさんは、その神社でしめ縄がされているご神木のような、カサカサと太くてしっかりした手を、勇斗の両肩にのせた。
その手の重さとあたたかさが、服ごしに肩から体中にしみわたってくる。それは勇斗の心を落ちつかせてくれる、やさしい重さとあたたかさだった。
勇斗の顔がおちついてきたのを見とどけると、おじいさんは無言でうんうんとうなずいて間を置いてから、しっかりとした口調で勇斗に大変な、そして大事な事を教えたのだった。
「残念じゃが、君の命はうばわれてしまっているのじゃ。あの赤銅の魔導師によってな」
大きな手は肩だけでなく心までつつみこむよう。けれどもそれは、勇斗を不安にさせないためにのせてくれたのだ。
「う、うばわれたって、ぼ、ぼくの命がですか?!」
無言でうなずくおじいさんに、なおもたずねる勇斗。
「で、でも、ボクは今こうやっておじいさんとお話していますよ?それにおじいさんの手のあたたかさだって、しっかりわかります!」
何が何だかわけがわからなった勇斗は、おじいさんの手をしっかりと握り返す。そのしわくちゃで木のように固い手から、はっきりとあたたかいものを勇斗は感じ取った。
「それはのう、ワシが君の魂に直接ふれているからじゃ」
「ぼ、ボクのたましい?」
口をパクパクと、まるで金魚のようにさせてしまう勇斗。もう、頭の中は野菜をたくさん入れて、ゴリゴリとかき回されたジューサーの中のようになっている。けれど、勇斗の混乱が落ち着くのをあまり待っていられない、時間が残り少ないのだと、おじいさんは話を続ける。
「君の命、すなわち命の光は赤銅の魔術師、ゲオルギィに奪われてしまったのじゃ。じゃが命の光の全部が、あやつに奪われてしまったわけではなかったのじゃ。間一髪、ワシが駆けつけたからよかったのじゃが……。しかし」
「しかし、どうしたんですか?」
「しかしのう、残っていた君の光は本当にか細くて、あっという間にふき消えてしまうほどしか残されておらんかった」
その時、勇斗の頭の中に誕生日ケーキに飾られている、小さなロウソクのイメージがうかんだ。つまり、誰かがふうっと一息、自分に息を吹き込むだけで、自分の命は消えてしまうというのだ。
「そのままにしておけば、君はそのまま死んでしまうところじゃったろう。じゃからワシは、このワシの命の光を、君に少し分けることにしたのじゃ」
おじいさんは右手をかかげると、そのてのひらの上から、あわ雪のようにまっ白な光を見せてくれた。これがおじいさんの命の光なのだという。これを勇斗は分けてもらっていたのだ。
「あ、ありがとうございました……。で、でも、ほかの人たちはどうなっちゃっているんですか?!」
勇斗がすぐに心配したのは、ほかのみんなの事。キャンプ場にいた人たちは、みんなみんなカチンコチンに凍っていたからだ。それにほんの少し残っていた自分がこうなっているのなら、全部奪われてしまった人たちは、本当に死んでしまったということになる。
その不安を読み取ってくれたのだろう。おじいさんはやさしく頭をなでながら教えてくれる。
「命の光が体からぬき取られてしまったからといっても、すぐに死んでしまうという事ではない。命の光をぬき取る時は、必ず体を凍らせねばならぬからのう。凍らせるというのはその体の時間を止めてしまうという事じゃ。つまり、時間が止まっている間はまだ死んではおらぬ」
「そ、それじゃあみんなはまだ生きているんですね!」
「そう、まだ死んではおらぬ。まだ、じゃが」
思わず顔をほころばせる勇斗だったが、おじいさんはすぐにきびしい顔に戻ってしまう。
「じゃが、取られてしまった命の光が戻らないままに時間がたち、氷がとけてしまえば、本当にその人たちは死んでしまう事になるのじゃよ」
「そ、そんなぁ……。このままじゃあ、みんな死んじゃうなんてあんまりです!ボクに分けてくれるんだったら、その分を他の人たちにも分けてあげてください!」
ポロポロと涙をこぼしながら泣きつく勇斗に、おじいさんは勇斗の顔をしっかりと自分に向けさせて話をつづけた。