第1話 星空の下で ⑤
怖いことがあったらすぐにふるえ出しててしまう勇斗だったが、この人物をみて出たふるえは今まで感じたことがないほどひどい。
勇斗の言葉に反応して、赤い服の人物は勇斗の方を見つめる。その目からは、良くとぎすまされた包丁のような光が放たれていて、その視線は勇斗の心をするどくつきさし、切りさいてしまう。
あまりの恐怖で勇斗は懐中電灯を手放してしまう。道ばたを転がり、排水溝のみぞに引っかかって上を向いた懐中電灯がてらしだした光で見えたのは、その人物の顔。
それは赤黒い金属のようなもので顔の半分をおおっていた、本当の怪人だった。
「ほう、まだ残っていた子供がいたのか。それに都合よく、こちらが探していたガラクタ人形まで連れてきてくれるとはな。これは手間がはぶけたぞ」
怪人の口から聞こえてきたのは、鉄のかたまりのように重たくて冷たい、不気味な大人の男の声。それはお昼前にバスの車内で見ていた夢の中で出てきた怪人そのものだったのだ。
「あ、ああああああなたは、ゆ、夢の中で出てきた怖い人!」
「ほう、私の事を予知していたとはな」
勇斗はこみあがってくる恐怖で足をガタガタふるえさせながらも、なんとか勇気をふりしぼってたずねてみた。
「こ、この鳥さんにひどいことをしたのも、みんなを凍らせちゃったのも、みんなみんなあなたがやったんですか?!」
勇斗のおびえてうわずった声に、怪人はその重たく不気味な声を、まっくらな洞窟の奥からひびかせるようにしてこたえた。
「そう、その通りだ」
「や、やっぱり……」
その声と眼光に体中をさしつらぬかれてしまった勇斗は、もう立っているのがやっとなくらいにおびえていた。いや、もう恐怖でかたまってしまって動けないというのが正解だろう。
「そしてお前はそれ以上の事を知る必要はない。まずはお前が抱いているガラクタ人形を渡してもらおうか」
「ど、どうしてですか?!」
ガクガクとふるえるあごに無理をさせて、勇斗はたずねる。だが、その怪人は静かに重々しく恐ろしい事をつげたのだった。
「そいつは私にとってジャマものなのだよ。だからこわす。それだけのことだ」
「う、ううう……」
勇斗はガタガタとふるえながらも、息もたえだえにしている胸元の鳥を、必死に放すまいと抱きしめた。
「どうした?そいつを渡すだけでいいんだぞ?そうすれば、すぐに楽にしてやろうというのに」
一歩二歩とじりじりと歩みよってくる怪人。
勇斗は近よられるたびに、体にかかる重力が何倍にもなったように体が重たく感じられ、そしてあとずさることもできないほど体がおびえていたが、それでもいっしょうけんめいにふんばって怪人に向って語りかける。
「おじさんがこの鳥さんに、みんなにひどいことをしたんでしょ?!だ、だったら、だったら……」
「だったら、どうするのかね?」
「わ、わわわ、渡しません!この鳥さんは絶対に渡しません!」
それは勇斗にとって、本当にせいいっぱいの勇気。体のふるえはいつまでも止まらなかったし、目からは恐怖で涙がポロポロとながれおちて止まらなかったが、ひとみの光は強く、しっかりと怪人に向けられていた。
そんな勇斗の様子をみとどけた怪人は、一歩立ちどまると、口元を大きくまげて笑顔を見せた。口の中にならんでいたゴツゴツした歯は、そのどれも銅のような赤茶色の光を放っている。
「そうか。それはすばらしい。ぼうや、君のその勇気には私も敬服するよ。心からね」
その笑顔は勇斗が見てきたいろんな人たちの、いろんな笑顔とは全然ちがう笑顔にみえた。
まるで怖そうな肉食の動物が、怒って相手をいかくするときに牙を見せるような、まるでそんな笑顔に見えていた。
そして怪人は、今までよりももっともっとくらい底からわきだしてきたような恐ろしく冷たい声で、勇斗に告げた。
「だから君からも、ここに居合わせた人間どもと同じように、その命の光を抜き取らせてもらおう!」
「い、いのちの……ひかり?」
おどろいてすっとんきょうな声を出した勇斗に、怪人は指先から氷の矢を投げつけた。その矢は勇斗の右胸にするどくつきささった。
「あ、あれれ?!」
「かぁ……、はぁっ!」
怪人がその氷の矢に念をおくると、矢は冷たい蒸気をだして無くなった。しかしその蒸気から、まっ白な色を出す小さな光を出した。
「な、なにこれ?」
「初めて見ただろう。これが君の命の光だ。なんとすき通っていて美しいのだろう。この連中の中でも、もっとも美しい光ではないか」
そしてその光は、怪人が取り出した水晶玉のなかにとびこんでいき、すいこまれて姿を消した。
「ふわわぁ?あ、あれれ?」
するとどうしたことだろう。パンクしてしまった自転車のタイヤのように勇斗の体から急に力がなくなっていったのだ。体が水泳で思いっきり泳いだ後のように重たくだるくなって、まぶたがトロリと重たくなってしまう。
「あれれ?急に、眠たくなってきちゃ……」
勇斗の意識はふわふわとゆっくり、重たいまどろみの沼の中にのみこまれてしずんで行った。
「手間をかかせおって。ぬ?」
「まていゲオ……」
勇斗が最後に聞いたのは怪人とほかの誰かの会話。
しかし、それが聞き取りきれないうちに目の前が、明るくまっ白になってしまい、ついに勇斗の意識は本当にまどろみの沼の奥底に、どっぷりと沈みきってしまったのだった。