第1話 星空の下で ④
「き、きみ!だいじょう……ぶ?」
おずおずとたずねてみる勇斗。すると、その鳥はゆっくりと起き上がると思いもかけないことをした。
「お、よう。やっと来てくれたか」
「と、ととととと、鳥さんが、しゃ、しゃしゃしゃしゃべった!」
勇斗がびっくりしたのは無理もない。動物が、鳥がまるでマイクがついているみたいになめらかな言葉で話しはじめたからだ。
しかし勇斗はそのとき、ある事に気がついた。右の羽のあたりに大きな切りキズできていて、そこからキラキラ光る液体が流れ出たあとがあった事に。
「いいからとりあえず、オレの……」
弱々しく口を開くその鳥だったが、キズの方に注意が全部行ってしまった勇斗の耳には聞こえていない。
「まってて!すぐ手当てをしてあげるから!」
勇斗はポケットからハンカチをとりだすとキズ口にしっかりとまいた。そして胸にしっかり抱きかかえると、今までのつかれもどこへやら。いちもくさんに駆け出した。
「まず、引率のおじちゃんおばちゃんたちのいるテントにもどらなきゃ!ボクだけじゃこんなことしかできないよ」
テントの場所まではけっこう離れていて、大人の足でも歩きで十分はかかるくらいだったのだが、勇斗は体育の時間や運動会の時でも出したことがないくらいの、ものすごい速さで帰り道を急いだ。
「……、お、おい、やめろ。今あっちには……」
「しゃべらないで!君は大ケガしているんだから、ぜったいに、ぜったいに無理しちゃダメだよ!」
勇斗がぜいぜいと息を切らせてキャンプ場まで戻ってくると、あたりはどんよりした霧に包まれていた。それまで月や星の光で道が見えていたのに、今は霧のせいで二メートル先も見えない。
「こ、この霧は……」
「ど、どうしたの?」
勇斗の胸の中でぜいぜいと、息も絶え絶えにその鳥は口を開く。
「行くな……。行くんじゃねぇ……。この霧が出てるってことは……、お前が行こうとしているところは、今ヤベえんだ。それよりオレの首についている……」
「だめだよ!そんなにあれこれしゃべっちゃったら、もっともっと君の体は弱っちゃうよ!」
先へ行くなと止めようとするその鳥。だが勇斗は聞く耳も持たずに霧の中を先へ先へと進んでいった。
ポタージュスープのように白くて重たい霧は、キャンプ場のあたりではずいぶんとうすくなっていた。けれどもキャンプ場の中の様子は勇斗が抜け出したときと変わってしまっていたのはわかる。
人が入っているはずのテントや炊事場にトイレ。はては道明かりまできれいに消えてしまって、夜道と同じように真っ暗になっていたからだ。
だが、腕の中の鳥のことで頭がいっぱいになっていた勇斗はその事の大事さに、まだ気がついていない。わき目もふらずに勇斗はおじさんたちのいる一番大きなテントを見つけると、そのまま駆け足で、ころがるように飛びこんだのだ。
「す、すいません!森の中で、ケガをした鳥さんを見つけたんです!」
しかし勇斗の目に飛び込んできたのは、とても信じられない光景だった。
「ふ、ふわーっ!な、なんなのこれ!?」
「お、おそかったか……」
勇斗が見たのは、大人たちがテントの中で輪になって、そのままカチコチに凍りついてしまった姿だった。
明日の予定を話し合いをしながら、そのまま凍りついて像のようになってしまったらしい大人たちは、だれ一人として身動きどころか息もしていない。
ふきとばされるように外に飛び出した勇斗は、ほかの人たちがいるテントに向う。
「た、大変だよぉ!大人の人たちが、み、みんな、こ、凍っちゃって……」
けれども、飛びこんだほかのテントでも、まったく同じ事になっていた。
夜更かししておしゃべりをしていたテントの子たちも、早々と寝てしまっていたテントの子たちも、中の人たちはみんなみんなカチンコチンに凍ってしまっていたのだ。
「ふわわわ……。お兄さんたち、お姉さんたち、霧崎さんやほかのみんなも……、カチンコチンに凍っちゃってるよぉ」
テントを全部のぞいてみた勇斗だったが、だれ一人として凍らされていない無事な人はいなかった。
それだけではない。オートキャンプ(キャンピングカーや自家用車などの車の中で寝とまりするキャンプ)をしていた他の大勢の人たちも、みんな同じようにカチンコチンになっていたのだ。
勇斗は恐怖と不安で、頭を強くうちつけられてしまったようにふらふらしながら、大人たちのテントの前まで戻ってくると、中に入れずに道の真ん中にヘナヘナとへたりこんでしまう。
「ねえ。何が、何がどうなっちゃったの?!本当のみんなはどこに行っちゃったの?!だれか、だれかおしえてよ!」
ふと胸に抱いていた鳥を見てみる勇斗。ようやくその鳥が本当の鳥ではないことに気がついた。
姿はペットショップで見かけるオウムにそっくりで、その羽毛は本物の鳥のものだったが、体の内側からあたたかみは感じられない。
それにその胸から聞こえてくる音は、心臓が動いている音ではなく、ギジギジとゼンマイが動いているようなかたい音。
「ね、ねえ鳥さん。もしかしてロボットさんなの?」
「ロボット……?なんだそりゃあ……?」
か細い声で弱々しく返事する機械じかけの鳥。
「鳥さん、鳥さんしっかりしてよ!」
わんわんと泣き出してしまう勇斗。その時、たちこめていた霧の向こうからゆっくりと、そして重々しい足音が聞こえてきた。
勇斗が見たのは、血のようにまっ赤なローブを頭から足元まですっぱりとかぶっていた人だった。ようやく他の人に出会えたのでよろこびたい勇斗だったが、その人物からはただならぬ気配が伝わってくる。
「あ、ああああ……。あ、あなたは誰ですか?!」
勇斗はいままで出会ってきたどんなに怖い人よりも恐ろしいものを、その赤い服の人物から感じた。