第11話 帰り道 ①
「ふわぁぁ……」
目を覚ました勇斗は、またしても大あくび。ほんの一瞬の眠ってしまったつもりだったのだが……、何だか様子がおかしい。
大きく吸い込んだ空気は、あのすがすがしくて冷たい、あのキャンプ場の新鮮な空気ではなかった。
それはかぎ覚えのある、クーラーがキンキンによく利いた車の中の空気。それに何より、まわりがずいぶんにぎやかだった。
「おーい、おねぼう勇斗が今ごろ起きたぞ!」
どっと車内が笑い声でいっぱいになる。まだまだ頭の中が眠たくてたまらない勇斗は、どうしてまわりが笑い声でいっぱいなのか、そもそもここがどこなのか、自分のまわりがどうなっているのかをよく飲み込めていなかった。
「はい勇斗くん、おしぼりよ。これで顔をふきなさい」
そういっておしぼりを渡してくれたのは、四軒向こうの鍋島くんのおばさん。言われるままに、凍ったアイスクリームのように冷たいおしぼりで顔をふくと、ようやく自分がどこにいるのか、勇斗は理解することができた。
「あれれ?ここ、バスの中?!」
「そうよ、ここはバスの中なのよ。勇斗くんったらいくら起こしても全然起きてくれなかったから、そのまま寝せてあげたのよ。でも出発前になっても起きずにスヤスヤ寝ていたから、起こさないでそのままバスまで乗せてあげたのよ」
そう、ここは帰りのバスの車内だったのだ。
「ご、ごめんなさい!」
大きな声であやまると、勇斗はすぐに窓をかじりつくように見てみる。あの山は、窓ガラスの向こうでずいぶんと小さくなっていた。
「キャンプ場、もうあんなに小さくなっちゃったんだ……」
どんどん離れていくキャンプ場を見続ける勇斗の胸に、昨日の朝からの出来事がたくさんうかんでくる。
それになにより夜のことは絶対に忘れられない。
たくさん怖い思いをしたり、自分が空を飛んであの山のあたりをビュンビュン飛び回ったことは、本当に夢にしか思えなかった。でもそれは夢なんかじゃない。思わず涙がじんわりとこみあげてくる。
「ねぇ勇斗くん。顔にあとがついていたの、そんなにショックだった?」
勇斗の様子を見て心配して声をかけてくれたのは二つ年上のお姉さん。
「ええ?!もしかして、ら、ラクガキですか?!」
いつものように顔にラクガキされてしまったと思い込んでよくよく窓ガラスに写っていた自分の顔を見てみたのだが、黒や赤のマジックのあとはどこにもなかった。ただうっすらと、おでこを下にして寝ていたときについてしまった赤いあとが残っていただけだった。
「おいおい、勇斗。お前早とちりしすぎだよ」
さらにどっと笑われてしまう。
「だっていつもボクの顔って、寝ていたらラクガキされちゃうから……」
「私が近くにいたらそんな事させないし、今日はだれもそんな事しないわよ。ユウちゃんってば心配しすぎよ。だってユウちゃんいっぱいがんばったじゃない」
笑顔でそう言ってくれるのは霧崎さん。
「そうだぞ、お前にはありがとうって言っておかなきゃいけないからな」
頭を優しくなでてくれたのは、六年生の山田お兄さん。
「ありがとう一条くん」
「勇斗お兄ちゃんありがとう」
『ありがとう!』
みんな口々に、ついには一斉にお礼の言葉を勇斗にくれた。胸に熱いものがじんとこみあげてきて、思わず勇斗は涙ぐんでしまう。
「でも、なんで一条くんにお礼言わなきゃいけないんだっけ?」
「さあ、なんでだろ?」
(みんな、やっぱり命の光を抜かれてひどい目にあったことをハッキリ覚えているわけじゃないんだ)
みんながあの夜のことを覚えていなかった事がかなしいような、でもうれしいような、そんなふしぎな気分になる勇斗だった。
「まあいっか。だってキャンプ場にいた人たち、うちのグループじゃない人たちまで、一条にお礼を言いに来てたぞ」
「理由なんてどうでもいいじゃん。だってお礼を言ったほうが、なんか気分がいいし」
「みんな、どういたしまして!」
大きな声でお礼を返す勇斗。このお礼はバスに乗っている町内会のみんなだけではなく、顔もハッキリ覚えていない、キャンプ場に一緒にいた人たちにも向ってもだ。
「そうそう。感謝の気持ちを忘れないのは大切な事よ」
そう言ってみんなの意見をまとめてくれたのは鍋島くんとこのおばさんだった。
みんなの顔が笑顔いっぱいになるのを見て心からうれしくなる勇斗。そんな勇斗が気になったのは、あの鉄也たち三人組。そこだけは勇斗の方を見ても、ばつがわるそうに顔をほかの方向に向けてしまって、一緒に笑ったりしていなかった。
「そうそうユウちゃん、あいつら朝から変なのよ。いつもだったらユウちゃんにいたずらしようとしたり、寝ていたら絶対に顔にラクガキしようとするはずなのに、今日は何もしないのよ」
「そうなんだ……」
「それにね、今日バスの中まで寝ているユウちゃんを運んだの、あいつらなのよ?!」
「そ、そうだったんだ。ボクを運んでくれたの、鉄也くんたちだったんだ」
(そうか、鉄也くんたちはボクが運んであげたって事、わかってくれたんだ!)
実はみんなからお礼の言葉をもらったことより、寝ている自分を運んでくれたのがあの三人組だったと知ったときの方が勇斗にはうれしい事だった。
「三人とも、ありがとう!」
いっぱいの笑顔を向けてみるが、やっぱり三人とも勇斗の方向は見ないまま。




