第9話 クラヤミの中で ⑤
「ボクはずっと泣いていたんだ。学校に行くとちゅうで犬にほえられたり、忘れ物をしちゃったり、体育の時間にころんですりむいたり、帰り道でやっぱり犬にほえられたり。今日だって、肝だめしのときにこわくなったり、鉄也くんたちによびだされてお堂に一人で行く事になったり……」
いきなり場ちがいのような事を言い出したのだが、だれもさわいだりしない。
「ボクにとっては、どれも全部、こわくて痛くて泣き出しちゃうことばかりだったよ。でもみんなは、そんな事でこわがったり痛がったり泣いたりしないでしょ?!」
ユウトの声はクラヤミの中にしみていくように吸い込まれていった。今はただ、すこまれるだけだったが、それは聞いていない、聞こうとしていないのではない。みんな聞いてくれているのだ。
ユウトはこぶしをぐっとにぎりかためて、今度ははきだすようにうったえる。
「クラヤミの、みんなの中に入って、みんなの苦しみにいっぱいさわってきたよ。体がキズつけられて痛いとか、悲しいことがあって心が痛いとか、いっぱい、いっぱい!」
「でも、でもね。ボクが子供だからなのかな。その痛さが全然わからないんだ。わからなかったんだ!」
その言葉に、クーラリオも精霊たちも、それにクラヤミさえも驚いてしまったようだった。それまで、しんと静まり返っていたクラヤミのなかで、何かが動き出したような空気の流れが伝わってくる。
そのつぶつぶの、今までとちがう反応を肌で感じたユウトは、もっともっと大きな声でさけんだ。
「みんな思い出して!楽しい事とかうれしい事とか、みんな本当に、本当におんなじように感じたりしないでしょ?それとおんなじだよ」
小さなつぶつぶの感情が、少しずつ大きくなってくる。
「楽しい事とかうれしい事が違うんだったら、痛い事や苦しい事や悲しい事だって、みんなみんな違うはずだよ。違うんだよ!みんな思い出して!」
『みんな、違う?』
大きくなりはじめた一人一人の感情の中から、ざわざわと声がきこえはじめた。
「そうだよ!一つになんかなれないよ!」
ざわめくクラヤミに、一気にたたみかける。
「できるのはほんの少し、ほんの一瞬だけだよ。同じ想いをみんなで持つ事はできるけど、そのままずっと一つのままでいられるわけなんてないよ!」
『一つに、なれない?』
ユウトは大きくうなづく。
「だってボクはボクだし、みんなはみんなだよ。みんな、生まれた時も場所もちがうんだよ!」
「生まれだけじゃないよ。大きくなることだってちがうよ。親が同じ兄弟だって、ううん、双子だって、食べているのが同じでも、ちがう体で感じて、ちがうものを見ているんだよ。だからずっとずっと一つになったままでなんて、いられないよ」
『みんなは、違う』
『一つには、なれない』
「そう。そうだよ。そうなんだよ!」
最後の一押し。ユウトは、いや、ユウトたちは力を合わせて。心をその瞬間だけ一つに合わせて、力の限り叫んだ。
「思い出して!痛いことも苦しい事も悲しい事も、楽しい事もうれしい事も、みんなみんなそれぞれちがうんだよ。みんな、自分が感じていた事を、思い出を、自分を取りもどして!」
『自分を!』
『取りもどす!』
大渦はもう一度、はげしく渦巻き始めた。その流れに押し流されそうになるが、これまでと違って苦しさも痛みも感じない。どろどろにとけたゴムのように重たかった渦は、本当に軽い霧のように細かくちりぢりに流れていた。
「こ、こいつは」
「うん、みんな、自分を探しはじめたんだ」
渦はやがて、さわやかにふきぬける春の風のように心地良いものになり、そして一つ一つの光のつぶつぶに戻っていく。
みんな、自分自身を取りもどして、一人一人が命の光に戻ったのだ。
「やったぁ!みんな、ちゃんと自分にもどったんだね!」
顔をお日様のように明るく灯したユウトのまわりに、命の光の全てが集まる。でもざわざわと聞こえてくる声には、不安の色が少し入っているようだ。
当然だ。そのままだと消えてしまうから、クラヤミになってまでみんな生き延びようとしたのだ。元の光に戻っても、自分の体に帰れないのでは意味がない。
「まだ大丈夫だよ。お日様の光が当たる前に、みんなボクのところに来て。一つの体にずっとみんな入るのは無理だけど、ほんの少し、みんなの体に戻すまでなら大丈夫!」
ユウトの言葉に根拠なんてどこにもなかった。一つの体に多くの光が入ってしまったら、体がたえられずに壊れてしまうのは、ゲオルギィの息子で見た通り。
でも、やさしく胸に手を当てるユウトの姿に、みんな安心したようだった。
やがて底なしに暗くて黒いクラヤミが、どんどんその闇を弱めていく。
外の世界でもクラヤミが治まっていく様子が見える。
「おお!やってくれたか!」
「すごいわ!本当にクラヤミを元の命の光に戻してしまうなんて」
マーダルとサナが見守るなか、闇はゆっくりと霧のように細かくうすいものになり、最後はまんなかに向って一気に吸い寄せられ、そして消えたのだった。




