第9話 クラヤミの中で ②
ユウトとみんなはクラヤミの中に身を投じて吸い込まれていた。深くに行けば行くほど、体と心を押しつぶそうとする力が強くなってくる。だが、ユウトは目をしっかり見開いてがまんしていた。
(この先に、一番奥にみんながいるんだ。そこまでたどりつかないと何もできない!)
やがて吸い込む力が急に弱まる場所まで来た。そこはまるで重たいオイルの中のように、力を入れなければ身動きするのもむずかしいところだった。
「よいしょっと。ここ、まだ一番奥じゃないみたいだけど」
「そうだな。ここはどうやら、吸い込んだ命を完全に分解してしまう、胃袋のような場所みたいだぞ」
すると目の前に、七色にかがやく大勢の人の顔がぐちゃぐちゃにあわさったような、巨大な雲が現れた。
『おおぉーん』
『ぶわぁぁ……』
『ぐぅるぅわぁ』
「ふ、ふわわ!」
おどろいてタクトをふりかざし、風のやいばで雲を切りさく。するとかたまりはあっという間にバラバラに引きちぎれ、真っ暗な闇の中にとけこんで消えてしまう。
「あれ?」
「油断するな。まだ終わっていないぞ」
クーラリオの言った通りだった。切りさいたはずの顔の雲は、今度はもっと大きくなり、さらに何十もの数に増えてユウトに向ってくる。
「く、くるなぁ!」
今度は火の力だ。ビー玉くらいの大きさの火の玉を、雨あられとうちだして近づいてくる顔の雲を焼き払おうとする。顔の雲はこれにたえられず、強い風に流された煙のように飛びちって、元のクラヤミにかえっていく。
ぜいぜいと、苦しそうに息をつくユウト。まわりの空気がオイルのように重たいので、息つぎするだけでも体力と気力を使ってしまう。
「こ、今度こそ……」
しかし、まわりを見わたすユウトの目に飛びこんできたのは、さっきよりもさらに数を増やし、顔のかたまりがいびつにつながった、まるで入道雲のような姿の怪物だった。
「そ、そんなぁ」
ユウトの背中に冷たい汗がながれ、あごがカタカタふるえだす。
「ユウト、ビビるんじゃねえ!オレ様たちがついているのをわすれるな!」
ユウトをはげまそうと、精霊たちみんながユウトの肌にあたたかさをくれる。そのしっかりしたあたたかさが、ユウトのふるえをとめて、まわりの様子を冷静に見て考えるゆとりもくれた。
「そうだったよ。ここはクラヤミの胃袋の中だったんだ」
「命の光を恐怖と苦痛でぬりつぶして、バラバラにしてしまおうとする場所だからな。だれでもブルっちまうようなもので襲わせて、つかれさせて怖がらせ、あきらめさせるのはお得意だ。それにクラヤミの中だから、いくら攻撃しても、次々に数を増やしてわきだしてくるだけだ」
だったら、いくら攻撃してもどうにもならないという事だ。
クーラリオの話だと、今までクラヤミが起こった時は、大勢の魔導師たちが出し惜しみなく魔法の力で攻撃し、とにかく力でクラヤミを消し去ってきたのだと言う。
でも、今このクラヤミに立ち向かっているのはユウトたちだけ。外でマーダルとサナが二人でがんばっていることをユウトたち知らなかったが、数が足りない事にはちがいはない。
「力ずくじゃあどうにもならないし、やりすぎたらみんなの命の光を消しちゃうかもしれない」
「でも他の方法はだれも知らないんだぜ?どうする、魔導師ユウト」
どうするのかたずねるクーラリオだったが、その声に不安の色はない。ほんの少しのアドバイスをするだけで、体当たりでどうにかしてきたのがユウトだ。きっとだれも知らない方法で何とかしてくれると、心の底から信じていた。
「ボクはクラヤミを、みんなを消すために来たんじゃない。みんなを助けに来たんだ。それにあのたくさんの顔の雲だってみんなの一部なんだ」
ぐっとこぶしを固くにぎると、ユウトはクラヤミのさらに奥に向って歩き出した。手ににぎっていたタクトを腰に差して、両手には何も持たないまま。
「おい、これで行くのか?」
おどろく、それ以上にワクワクする期待にみちた声でたずねるクーラリオ。
「うん。こうするのが一番だと思うんだ。とにかく自分を強くもってとにかく奥に、みんなが集まっているところに行くんだ」
オイルのように重たくなっている空気の中を、一歩一歩前に力強くふみしめて進むユウトに、いびつにゆがんだ顔の雲たちが群がってきた。
「ユウト、本当に大丈夫なのかぁ?!」
「こわいけど、こわくない!こわいけど、こわくなんてあるもんか!」
ユウトの目が見ているのは顔のかたまりたちではなく、クラヤミのもっと奥、一番奥の闇の中。そんなユウトの様子を見た顔の雲たちは、ついに口を大きく開けて、するどい牙をむきだしにしておそいかかってきた。




