第5話 火の精霊エンジュ ⑤
立ち上がったユウトは目をつぶって右手ににぎったタクトを夜空のてっぺんに。小きざみにリズムをとるタクトの動きにのって、小川の水が宙にまいあげられ、空中で大きな水の玉になる。
ゴミ用バケツとか、ドラム缶とか、お風呂の湯船とか、そんな生やさしい大きさではない。学校のプール一杯くらいはありそうな、ものすごい水の量だ。
「まあ、持っていけるだけ持っていくって考えはまちがってねぇが、こんだけ持って行けるってのもすげえもんだな」
「行ってくるよクーラリオ。今度は負けたりしないよ」
クーラリオをその場でゆっくり休ませて、ユウトは一人で火の結界にかっとんでいった。
「おう、期待してまってるぜ」
あっという間に見えなくなった背中を、クーラリオは頼もしげに見つめ続けていた。
火の結界にもう一度足をふみいれたユウト。
キャンプファイヤーの広場はさっきとは様子がずいぶん変わってしまっていた。
さっきは燃え残ったまっ黒な木が水たまりの中で転がっていただけだったが、今は広場のまん中に、神社のご神木の楠のように大きい、炎をふき上げて赤々と燃えている木がどうどうと居座っていたのだ。
「あれがさっきボクを焼きおにぎりにしようとしたエンジュさんか」
にぎられた時は、自分の体を焼く炎しか見えていなかったユウトは、エンジュの姿をはっきりと見たのはこれがはじめて。
その大きさに、その恐ろしい迫力に息をのむ。でもふるえたり、逃げ出そうと思ったりはしない。
(エンジュさんにかけられている術を解くには近づかなきゃいけないけど、うかつに近づいたら、さっきみたいに焼きおにぎりにされちゃう。だから、近づくのは最後の最後。チャンスを作って、一気にいくんだ!)
決意をこめて一歩前にふみ出したその時、エンジュはその身を焼いている炎をまわりにまきちらしはじめた。
まるで桜の花びらが風にふかれて舞い散るよう。けれどその炎の花びらは、さわっただけで物を燃やしてしまうとても危ない花びらなのだ。
「そうやってボクを近づけさせないつもりなんだね。でも!」
さっき持ってきたはずの水を空中にうかべたまま、燃えさかるエンジュのまわりを、ぐるぐるとものすごいスピードで飛び回るユウト。
火の花びらの中につっこんでいくが、ユウトの体に火の花びらはとどかない。
ミズチの水のマフラーが幕になって、火をはねかえしているのだ。思いきりにぎられているならとにかく、火の粉ぐらいなら払いのけてしまうのは簡単なことだった。
つづけてエンジュはぶんぶんと腕のような幹をふりまわすが、ユウトはこれをしっかり見切ってうまくよけていく。
「そうやって火の粉をまわりにまいても意味はないよ!」
そのままユウトは目にも止まらない速さでエンジュのまわりをうずまくように飛び回りはじめた。
風の羽かざり、フーガが力をかしてくれるので、ユウトはどんどん風をまいて加速していく。その勢いは突風から、やがて力強い竜巻のようになっていく。
しかしエンジュの炎はふき消えるどころか、風にあおられてさらに勢いを増していった。火が燃えるのに必要な酸素が、エンジュにむかってたくさん流れこんできたからだ。
やがてエンジュの体の炎も竜巻といっしょになって燃えはじめる。ユウトはエンジュを弱らせるどころか、逆に強くしているようだった。
「フラム、フラム、フラウム!風の力よ、竜巻の力をそのままにしておいて!」
しっかり大きくなった竜巻は、ユウトが回っていなくても勢いが止まらない。そして竜巻は炎をとりこんで、噴火する火山のような勢いになっていた。
これではエンジュの力が強くなるばかりだ。しかしユウトは考えなしでこんな事をしたのではない。
「いまだ!」
とてつもなく大きくなった炎の竜巻。しかしそのま上には、すっぽりと大きな穴ができていた。台風と同じで、うずのまん中は逆に静かになっているのだ。
「いっけぇ!水の魔法、ジャボル!」
竜巻の真上でまちかまえていた水の固まりは、何十倍にも小さく押し固められて、エンジュにたたきつけられた。
「これでどうだぁ!」
炎の竜巻が中からおきた爆発でふきとんで消えてなくなると、中のエンジュはまっ黒なだけの木になってしまっていた。ほとんどの火が消されてしまったのだ。
その瞬間、ユウトは風で大きな刃物を作って火が消えたエンジュに投げつける。
たて横に十文字に切りきざまれたエンジュの黒くて大きな体は、ガラガラと音を立ててくずれおちる。そして中から、まだ消えずに燃えている火の種を見つけると、ユウトはまっすぐに急降下していった。
「キャッチ成功!」
水のマフラーで包むように火の種をつかむと、結界の気配が消えてなくなった。結界の主がいなくなったので、火の結界はなくなってしまったのだ。
これで残る結界はあと一つ。




