プロローグ ~夢の中から~ ②
「ふわわっ!」
ガバりと飛び起きたのは小さな男の子。不気味な目が放った、その光にびっくりして目を覚ましたのだ。
「ビックリしたなぁ」
静かにゆれるバスの窓際の席で、窓にもたれかかってそのままウトウトと眠ってしまっていたらしい。
大きく口をあけて、眠気をふわふわとそこからはき出す。するとその左側から、誰かがバタバタと逃げ出す音が聞こえた。
「やっべ。起きやがった!」
よく見るとその手には大きなマジックペンがにぎられていた。どうやら寝ていたすきに、顔にラクガキをしようとしていたらしい。
自分の顔がどうなっていたのか、窓ガラスに写っている自分の顔を確認してみる。顔には自分の腕をまくらにしていて付いてしまった赤いあとの他には新しくついてしまったものはない。
無事だったとわかってホっとしたのはいいが、このままではいけない。弱々しい声を出して、寝ていた男の子はラクガキしようとしていた数人組に文句を言う。
「もう、ラクガキなんてしないでよ!」
「まだ何もしてないだろ!」
「こら!寝ている子の顔にラクガキなんてするものじゃありません!」
ラクガキという言葉を聞いて、びしゃりとした声が前の方から降って来た。ラクガキしようとしていたグループを怒ったのは、みんなのお父さんお母さんよりも、もう少し年上の体格のいいおばさん。
「はーい。わかりました」
やる気も反省の様子もないような声で、そのグループのリーダーらしい男の子が返事した。
「こら、君も油断しちゃだめよ。ちゃんと起きてなきゃ」
「はーい。わかりました」
まだ、頭の中が半分くらい眠ったままの気分で返事する男の子。
「みんな、本当に元気だなぁ」
まだ眠たげな目をこすりこすり、男の子はあたりを見回す。まわりには同じくらいの年の子だけでなく、少し小さい子もいたり、はたまたお兄さんお姉さんたちもいて、みんながそれぞれざわざわと楽しそうにさわいでいた。
学校の行事で遠足や社会見学だったら、同じ年の子ばかりになっているはずだが、このバスの中の子の年は結構バラバラ。それに前の座席に座っている引率の大人の人たちも、おじさんやおばさんばかりであれこれお話をしている。
そう、このバスに乗っているのは、同じ町内会の人たち。そして今日は町内会の行事でみんな集まって、バスで目的地に向っているのだ。
「おーい、こんな時に寝ていたらラクガキされちまうぞ」
前の席から顔を出して話しかけてくれたのは、五軒向こうに住んでいる六年生のお兄さん。
「す、すいません。どうしても眠くって眠くって」
男の子はバスに乗る前から疲れていたらしい。他の子たちがワイワイとはしゃいでいても、そこそこにしか乗ってこなくて、しまいには隣で気持ち良さそうに眠っている、一年生の子と一緒に眠ってしまったのだ。
「とりあえず見といてやるけど、気がつかないかもしれないからな。自分の身は自分で守るんだぞ」
「は、はい」
外でながれている景色は、出発した時よく見えていた建物の灰色から、草や木の緑色になっている。このバスは、山の方、それも奥の方に向って走っているのだ。
「ふわぁぁ。朝から大変だったから、もう疲れちゃったよ」
男の子は朝からの事を思い出していた。
朝、事前にもらっていたしおりに書かれていた必要なものとお弁当をつめこんだリュックサックを背負って、お父さんに楽しんできなさいと言われて玄関で見送られて、お母さんと一緒に集合場所の公民館に。
途中、体が大きくてよく吠える犬にビクビクして、泣き出しそうになるのを何とかこらえるのに一苦労する。四年生にもなって、お母さんの目の前でわんわんといつものように泣き出すわけにはいかないからだ。
何とか泣き出すのをクリアすると、そのままの足取りで公民館に全員集合。年上の人たちや、自分より年下の子たちとバスに乗りこんで、そこでお母さんに見送られて出発。
じゃんけんゲームやしりとりをしてはしゃぐと、そのままウトウトとしてしまったのだ。車内の席順はくじ引きだったので、座った場所が仲良くしているグループと離れていたこともあるけれど……。
「目的地についたら、朝よりもっと大変な事がまっているに決まっているから、今のうちに寝ておかなくちゃ」
そうつぶやくと、男の子はまたしてもうとうとしはじめる。寝ようと決めると、すぐに寝付くことができるのがこの男の子の数少ない特技だ。
「でも、さっき見た夢、なんだかすっごく不思議で怖かったなぁ」
さっき見た夢はなんだったのだろうかと、窓にもたれかかりながら考えてみる。でもなんだかよくわからないので、すぐに考えるのをやめてしまった。一つだけわかっていたのは、さっきの夢のおかげで、ギリギリのところで顔にラクガキされずに助かった事。
「ふわぁぁ……。もしかしたらさっきの夢って、ボクに危険がせまっているって教えてくれたのかもしれない」
などと気楽そうにつぶやいているうちに、男の子はストンと、落とし穴に落ちるように眠りについてしまった。これからレクレーションで体を動かしたり、さっき自分にラクガキしようとしたグループにからかわれるのがわかっていたから、体が今のうちに休んでおけと命令を出したのだ。
そんなわけでこれから起こるだろう大変な事にそなえて眠ってしまった男の子。けれどもまさか、この日、この夜に、あんな大変な事件にまきこまれてしまうなんて、本当に思ってもいなかったのだった。