第3話 風の精霊フーガ ⑤
「フーガ……、暴れなくていいんだよ」
いつもの勇斗だったら、これだけたくさんの血をみてしまったら、まっさおになって気絶してしまっていたにちがいない。しかし今のユウトにはそんなことは何一つ気にならなくなっていた。とにかく今は、フーガを助けたい一心だった。
「ユウト……」
暴れるフーガをやさしく、つつみこむように抱きしめるユウト。やがてフーガは少しづつ暴れるのをやめていく。
「君をしばっているのはその首輪だね。今から外してあげるから、大人しくしていて……」
ユウトはゆっくりとフーガから手をはなす。するとフーガはその場にべたりとたおれこんで、苦しそうに全身で息をしはじめた。
「だ、だいじょうぶ?」
「ユウト、急ぐんだ!フーガは今、首輪の呪いと戦っているんだ!」
首輪は精霊に言う事を聞かせるための道具。だから言う事を聞かないフーガには、罰としてとてつもない力が首輪から加えられているのだ。
「わかったよ!フーガ、もう少しまっていてね。楽にしてあげるから」
ユウトは眼を閉じて、さっきのように心の奥底からきこえてくる声に耳をかたむける。そして両手をするどいトゲの首輪に。ユウトの細くてやわらかい指先にトゲはようしゃなくつきささり、まっ赤な血が指先からどくどくとながれ出す。
しかしユウトは痛みも忘れて一心に、だれに教えられたわけでもない呪文をとなえていた。
「オイ・ニン・クム・ラマ・カマ……」
その呪文はまるで子守唄のようにやさしいひびき。その言葉が首輪に、そしてまわりに吸いこまれていくと、まわりの風がやみ、そして首輪は静かに灰のようになってくずれ落ちたのだった。
やがて心地よくすずしい風がふきぬけると、その灰をあとかたもなくふきながしてしまう。
「フ、フー!」
フーガはおきあがると、優雅に気高く、その四枚の翼を広げて立ち上がった。
「さあお帰り。もう君は自由なんだよ」
ユウトがやさしく語りかけると、フーガは大きく羽ばたいて空にまい上がる。
しかしフーガはそのまま飛び去ろうとはしなかった。ユウトの頭の上をぐるぐると回り続けると、ユウトの心に語りかけてきたのだ。
「ありがとう。ボクのおかげで自由になれた?ううん。ボクはできることをしただけだよ。だから気にしないで」
かろやかに答えるユウトだったが、プライドの高いフーガはそれだけで納得できないようだった。
「え、ボクに力をかしてくれるの?!フーガ、君の風の力を?!」
返事をする前にフーガは光のつぶに姿を変えて、ユウトの体にとびこんできた。
ユウトのかぶっている帽子に、四枚の大きな風きり羽が左右に二枚ずつアクセサリーになってくっついた。そしてユウトの心に、冷たくす清らかな風がふきぬける。
ユウトは展望台に静かにおり立つ。そして夜空にかがやく青白い月をみあげるとやさしくつぶやいた。
「フーガ、ありがとう……」
「や、やったじゃねえか!風の封印を解いて、フーガも助けちまった!ついでにフーガと契約しちまうなんて、さすがマーダル様が見込んで力を授けただけのことはあるヤツだ!」
今まで怒ってばかりだったクーラリオからほめられて、てれてしまうユウト。
「へへ、ボクだってやればできるんだよ」
「まあな。これで体中キズだらけでなけりゃ、もっとカッコついたんだけどな」
「ふぇ?」
と、突然ユウトはその場にへたりこんで、大きな声で泣き出しはじめた。
「おい、どうした急に!」
「い、痛いよ、体中チクチク痛くて、おまけに血でべっとりしちゃっているよう!ふわぁーん!ふわーん!」
ようやくユウトは自分の体に何が起こったのか理解したのだ。
「ま、まったく……。せっかくほめてやったらこれだもんな。まだ残り三つもあるってのに、先が思いやられるぜ」
思いやられる事ばかりだが、なにはともあれ最初の結界は打ち破ったのだ。残る結界はあと三つ。先は長いがあと三つ。