第3話 風の精霊フーガ ④
ユウトの体は、まちがいなく空にういていた。まだまだういているのがやっとというようだが、とにかくユウトは空を飛ぶ事に成功したのだ。
「まだ速度は出せないかもしれねぇが、とにかくこれでフーガに近づけるぞ」
「で、でもこれじゃあむずかしいよ」
ユウトが不安に思うのもしかたがない。フーガと同じ高さに飛べるようになったとはいえ、フーガはまわりの風を自由にあやつれるのだ。
「ふ、ふわわぁ!」
さっそくフーガの突風がユウトにおそいかかる。バランスをくずしてしまったユウトは、ガケの真下の森の中にまっさかさま。
「ユ、ユウトぉ!」
あわてて後を追いかけて急降下するクーラリオ。ユウトは木にぶつかる寸前で姿勢を立て直すと、木のてっぺんスレスレをすべるように飛行する。
「お、おい、しっかりしろ!」
目を白黒させているユウトにクーラリオは声をかける。
「こ、怖かったよぉ……」
瞳を涙でうるうるにさせながら、ユウトはなんとか上空に飛び上がった。
「うーん、やっぱり飛べるようになっただけで楽に太刀打ちできる相手じゃなかったな」
フーガと距離を取りながら頭の回路をぐるぐるさせるクーラリオ。ユウトはクーラリオとフーガを交互にチラチラと見ていた。
「ね、ねぇ、クーラリオ」
「なんだよ」
考え事のまっ最中のクーラリオにユウトはたずねた。
「フーガはどうして追いかけてこないのかな?」
「そりゃあ、フーガはあの結界を守っているからな」
「それじゃあ、あんまりあの場所から動けないってことだよね」
「そういうことだ」
ユウトは何か考えがひらめいたらしい。
「何かいい手があるんだな?」
「うん。フーガはあの場所から動けないはずだよね。だったら、はねかえせないくらい強くて、よけられないくらい大きいのを一杯ぶつければ……」
「お、おいユウト!お前相手をキズつけたくないって言ってなかったか?!」
だが、とまどうクーラリオをおいてけぼりにして、ユウトは力強くフラムの呪文をとなえはじめた。
すると森の木々の中からごうごうと音が聞こえだし、枯れた木のみきや石などが次々と宙にうかんでくる。さきほどまでの小石たちとは、大きさも数もちがいすぎる。
「こ、こんなにたくさん……。こいつはすごいぜ」
クーラリオはユウトの才能に素直に感心していた。
ついさっきまで、転んですべってボロボロになっていた子供と同じにはとても見えないが、ユウトは持っていた力は小さくても、与えられた力を使いこなす才能がクーラリオが思っていたよりも、はるかにあったのだ。
「これであいつを展望台といっしょに、一気にボロボロにしちまうってわけだな?」
「ちがうよ。フーガにはケガなんかさせたりしないし、展望台もこわさないよ」
「なんだって?それはどういう……」
クーラリオの質問が終わらないうちにユウトは行動をおこした。
「行くよ、ターム!」
「おい、ユウト!」
ユウトがタクトを一振りすると、あたり一杯にうかんでいた木々や石のつぶてが、夕立のようにフーガめがけて横なぐりにふりそそぐ。フーガは風の壁を作ってそれらをはねかえすが、そのためにその場所から本当に動けなくなっていた。
「今だ!ターム!」
ユウトはフーガが身動きできなくなるその時をねらっていた。
自分の体にタームの魔法をかけると、ユウトは自分の体を弾丸にしてフーガにぶつかっていったのだ。
「ユウトのヤツ、人間大砲なんてやろうとしていたのか!」
ユウトはたくさん物をぶつけることでフーガが身動きできないようにして、仕上げに自分で体当たりしたのだ。
「つかまえる!」
ぶつけるだけの石に魔法のバリアを破る力を与えることはできないユウトだったが、自分の体だったらそれができる。フーガの風のバリアを自分の力で打ち破ると、ユウトはおどろくフーガにとびついた。
「フーガ、暴れないで!ボクなら、ボクたちなら、君を自由にしてあげられるんだ!」
ユウトはフーガの動きをだきついておさえこむ。するどいつめが、ユウトのわき腹をひっかき、そのクチバシが肩と首筋につきたてられる。ユウトのマジカルスーツはその攻撃にも破れずに持ちこたえていたが、そのフーガの痛みがユウトの体と心につきささる。
「ユウト!むちゃくちゃしすぎだ!」
おいてきぼりを食っていたクーラリオがようやくおいついた。クーラリオはユウトの首筋にクチバシをつきたてるフーガの頭を両足でおさえこむ。
「クーラリオ、それはあんまりだよ……」
「バカヤロウ!おまえ、自分の体がどうなっているのかわかっているのか?!」
確かにユウトのマジカルスーツはフーガの攻撃にやぶれずにたえていた。
しかし、受け止めきれなかったダメージは、ユウトの体にしっかりとどいていて、特にクチバシにつつかれたユウトの肩と首筋からは、じわりと血がにじみでていたのだ。
それにフーガの風のバリアをやぶったった時に、体のあちこちが切れてしまい、ユウトは体中キズだらけの、まっ赤な血まみれになっていたのだ。