第3話 風の精霊フーガ ②
「やっと、ついたぁ」
「思っていたよりも、ず・い・ぶ・ん、時間かかっちまったが、まあ、まだ大丈夫だ」
ドタバタしたのも一段落。なんとか力を使えるようになったユウトは、はふぅと一息。ようやく目的地の展望台にたどりついた。
展望台は山の西側にあり、山頂の次に見はらしのいい場所にあった。
三階建てくらいの高さで、晴れているときはずっとむこうの海の方までよく見えるのだが、今は夜なので、遠いむこうの町の光らしいものがぽつりぽつりと見える程度。
ユウトはさっそく展望台に登ってみようと近づいた。だが、とたんに様子がおかしいことに気がつく。
「あれ?展望台のてっぺんに、風のうずがたまっているよ」
展望台の十メートルほど上空で、風がごうごうとボールのようにかたまっているのがユウトの眼にとびこんできた。大きさは運動会で使う、玉ころがしの玉と同じくらいだろうか。
「あれが風の結界だ」
「あれが、結界なんだ……」
「そうだ。簡単に近づけないように、風でバリアをつくっているな。だったかこっちもその前に」
クーラリオはクチバシで、自分の首にぶら下がっていたカギをくわえてユウトをつっつく。結界を前にしたので、ゼンマイを巻きなおしておこうというわけだ。
ユウトはクーラリオをだきかかえると、そのカギを背中にさして回し始める。ギチギチと音を立てながら、力の弱いユウトには、ちょっときつい固さのゼンマイを巻きなおしていく。
「ねえ、結構固いよ」
「そりゃあユウト、弱いゼンマイなんか使っていたら、オレさまが羽ばたいて飛べるわけがないだろう。オレさまに使われているのは、魔導界で一番ゼンマイにふさわしいと評判の、ヒゲナガリュウのヒゲなんだぞ。それもとびきり上等なヤツのだ」
「へええ。そんな動物が魔導界には住んでいるんだ」
ユウトがつぶやいたその時だった。かたまっていた風は、ユウトたちが近づいてきた事に気がつくと、とたんに大きく広がって、まわりに突風を吹きちらした。
まるで台風のときに家の外に出たような、ものすごい風がユウトの体にぶつかってくる。ユウトは両足をふんばってなんとかこらえてみせる。クーラリオはユウトの手から離れると背中にまわりこんで、飛ばされないようにしっかりと背中を押してくれる。
「こんなことで負けるもんかぁ!」
ユウトが思い切りさけんで前進すると、風の壁は五メートルほど進んだところでとぎれた。結界の壁をこえたのだ。
風がやんだので、ユウトは眼をしっかり開いてまわりの様子をゆっくりと見てみる。結界の中はさきほどまでの激しい風がウソのように止まっていて、逆に物音一つしない静かな場所になっていた。
しかし、何かがいる気配が全くなくなったわけではない。それどころか、はっきりと、チクチクとナイフで突きさしてくるような気配が、展望台の上からこちらに向けられてくるのを感じ取る。
「さっそくお出ましのようだな、あれがこの風の結界の主だ」
「ふわぁぁ……。四枚の大きな翼の鳥さんだ!」
そこにいたのは、あわい空色の四枚の大きな翼をもった鳥だった。
顔は動物園で見たタカのように見えるが、翼に負けないくらい大きなまゆ羽が二枚、りりしく生えていた。
「あいつはフーガって言う精霊だ。鳥の姿をした風の精霊で四枚の大きな翼で自由に空を飛びまわるのが大好き。寝るとき以外はあんなふうに同じ場所にじっとしていることはないんだが……」
「じゃあどうしてあんなところにいるの?」
「ゲオルギィが結界の柱にしてしまったからさ。それもひどく乱暴な方法でな」
「乱暴な、方法?」
「ユウト、フーガにつけられている首輪が見えるか?」
フーガをよく見てみると、その首に不自然に、いばらをあんだようにトゲトゲした、まっ赤な首輪がつけられていた。
「う、うん。とげとげした針金みたいなのが首にまかれているよ」
「そう、あれが精霊をむりやり自分のいう事を聞かせてしまうようにしてしまう、トゲ金の首輪だ」
「トゲ金の首輪?!どうしてそんなことするの?」
クーラリオは手短に説明してくれた。
魔導師がより強い力を使おうとする時は、普通は精霊となかよくなって契約を結ぶ。そうすることで大自然の強い力を使うことができるのだ。
しかし、精霊となかよくならずに力づくで従わせて、むりやり精霊の力を使う方法もあるのだ。その方法の一つが魔法の道具、トゲ金の首輪を使うこと。
「ああやって精霊を無理やり従わせるのは、魔導師にとって、絶対にやってはいけないことなんだ。そんなこともおかまいなしにこんなことを……。ゲオルギィの野郎は許せねえ!」
「ど、どうすればいいの?」
おずおずとたずねるユウトに、クーラリオは残念そうに答えた。
「かわいそうだが、アイツをやっつけてから、あの首輪を外してやるしか方法がない」
「え?!やっつけなきゃいけないの!?」