第四話「ダブルピンク」
魔術医師協会にかかってきていた謎の電話の正体を書いてます。
お暇があればお付き合いください。
結がオフィスへビーフシチューを届けるのをビルの前で車に乗って待っているピンクアフロはタバコに火を付けながらニヤニヤとモンタージュの美少女を眺めていた。
傍目にはイラストを眺めてニヤニヤしている思い切り変な人だったが周りの目を全く気にしないピンクアフロ。
そんな変態ピンクアフロの元へ「兄様お待たせしました。」とメイド服の美少女がとととと駆け寄り車に乗り込む。
周囲の視線にドヤ顔でアピールしながら車を発進させるピンクアフロだった。
首都高速に乗って中央道方面へ向かう。
遠距離移動用の三代目ホンダステップワゴンの車内では観光気分の結がテンション高めにあれこれとピンクアフロに話しかけて上機嫌だったしそんな結にご満悦のピンクアフロ。
結の体格に合わせて買ったS660とは違いステップワゴンならば運転をすることは結にはないのでことさら上機嫌だった。
体型に合わせて・・・とはいえ結が運転する時は一番前に運転席を移動しても実はキツイのだが・・・。
平日のせいか目立った混雑もなく八王子を越えて中央道に乗り継ぎ諏訪ICに到着したのは夜の7時前だった。
降りてすぐのファミレスで夕食を食べてから女神湖を目指す。
もちろんピンクアフロとロリメイドは注目の的だったが・・・。
とりあえずまずは一正の指示のあった場所に向かうつもりのピンクアフロ。
「兄様?明日の朝明るくなってからの方が今回は・・・」
たとえ深夜だろうが早朝だろうが現場に急行する主義のピンクアフロなので結にとってはいつものことだったが流石にひとことだけ不安を口にした。
ルナや楓と話していて全ては聞き取れてはいないが今回が特殊なケースであることは聞き取れていた。兄様と一緒なので危険に関して心配はしていないがやはり常識的に考えて慎重な行動をと思った結だった。
「うむ!ホテルの温泉露天風呂付き部屋に一泊して結の連続記録更新目指すのもいいがな!」
そう言って高らかに笑うピンクアフロには閉口するしか無い結であった。
二人の少女は様々な機器の置かれた部屋の中央に置かれたベットに眠る男の傍で不安げに見つめるだけしか出来なかった。
意識を失う直前男が使おうとしていた声が聞こえる四角いのも過って力を入れすぎてしまい壊してしまった。もっとも壊れていなくてもどうすることも出来なかったかもしれないが・・・。
途方に暮れ始めてから二度目の夜が来た。
時折鳴る機器の電子音が無ければ時間が止まっているようにも思えるくらいの静けさだった。
女神湖の外周を一周したところでピンクアフロは一度車を停めた。
「探しものが得意な我が妹よ何か感じるか?」ピンクアフロも大体の目星は付いていたが結に聞いた。
「はい兄様、道案内出来ます」とぼうっと光る結が応える。
「ナニカ キタ」黒いワンピースの少女が窓際に立つとメモリーに無い車が館の門前に停まった。ワンピースと言ってもなんのデザインも無く簡素なものでただ袖があって身につけている程度のものだった。
自分の中に書き込まれた命令はメモリーに無い来訪者の排除である黒いワンピースの少女は直ぐ様部屋から出ていった。
もしも館に侵入するようであれば攻撃。やったことは無いがそうするように書き込まれている少女は一階の広いエントラスへと向かった。
所々明かりの灯っているちょっとしたホテルに間違えそうな3階建ての洋館の門前に車を停める。
車が近づいてすぐ辺りの明かりも点いたのだが人為的な反応ではなく感知センサーっぽかった。
結を車に残して車から降りインターホンがあるので押してみるが返事がない。
「馬場」と書かれている表札を眺めながら数回インターホンを押してみたもののやはり返事はない。
車中から心配そうにこちらを見ている結に気がついたピンクアフロはお気軽な口調で「不法侵入するぞー」と言った。
不法侵入すると言っても門は閉ざされたままだし周囲の塀も常人ならば乗り越えるのは困難なのだが車から降りた結を片腕で抱き上げるとピンクアフロはジャンプして門を軽々と飛び越えた。
門と洋館の玄関の距離は意外に近くここも照明が明るいので門を飛び越えた侵入者を照らしていたが侵入者は意に介さず堂々と大きな玄関の扉に手をかける。門と違ってこちらは施錠されてはおらずスンナリと開いた。
中へ入ると中央に階段がある広々としたエントランスにも明かりが点いており中の様子は見て取れた。特に調度品などもなく簡素なので余計に広く感じる。元々は豪華であったが持ち出された感じもあった。
「あの・・・兄様降ろしてくださいますか?」
「だーめ」
初撃は背後からの蹴りだった。
結を抱きかかえたままくるくると踊るように回りながら蹴りをかわすと距離を取り襲撃者を見る不法侵入者。
刹那黒いワンピース姿の少女は猫の様にしなやかに左右にフェイントをかけながらの攻撃を仕掛けてくるがことごとくかわす。空を切っているが当たれば相当な威力であろう。
「ご要望の医者であるが患者は何処だ?」
激しい攻撃をかわしている最中とは思えないくらいいつもの口調でピンクアフロが言ったが攻撃は止みそうになかった。
仕方なくかわせるが空いている右手で両掌底を受ける。−−−っと吹っ飛ばされてしまった。
飛ばされはしたが態勢を崩すこと無くこちらを見据える侵入者に黒いワンピースの少女が追撃をためらって双方の距離が開いた。
「どなたがご病気なのでしょう?」
ギュッと瞑っていた目を空けると目に入った少女に向かって結が問いかけた。
普通の感性ならば少女を抱きかかえているピンクのアフロヘアーの侵入者はどう映るのか想像は容易いだが黒いワンピースの少女にとってはただのメモリーに無い来訪者だった。
だが自分の攻撃が全く当たらずこうも巧く距離を取られたためようやく気になる単語を相手が口にしていたことに気がついた。
「イシャ カンジャ ビョウキ・・・。」
黒いワンピースの少女がつぶやくと階段の上からも声がした。
「チチ タスケル ハヤク」
階段の上部のフロアに黒いワンピースの少女と瓜二つの白いワンピースの少女が居た。
無機質双子美少女尊い。
他に一切口を開こうとせず「コッチ クル」と二人の白黒少女に導かれて移動中の変態ピンクアフロの頭の中は概ねこんなものだった。
結は降ろしてもらってピンクアフロのジャケットの裾を持ってついて歩いていた。
階段を登りながら見た二階は少なくとも左右に三部屋づつありそうだったが3階は階段を登りきった所がそれなりの広さでそこだけでピンクアフロの住居と変わらないくらいだった。その両側に扉があり案内されるまま左側の部屋へ入った。
薄暗い部屋には医療機器と思われる様々な機器に囲まれた中央にベットがあり男が横たわっており眠っている様に見えた。
「チチ オキナイ ヨンデモ」「タオレタ クルシイ オキナイ」「タスケル ハヤク」「チチ イナイ コマル」
部屋に入るなり二人の少女が口々に助けを求めてきた。抑揚はないが充分必死さは伝わった。
右手を挙げて判ったと合図しながらピンクアフロがベットに近づき痩せこけた男の顔を見て口にした。
「馬場博士だったか・・・」
どの分野でも脚光を浴びる人間は限られている。
しかし脚光を浴びた人物のみが偉大であるかといえば答えは「否」である。
影に身を潜めている偉人も数多く存在し他人の評価や地位に疎く結果的に埋もれてしまっている。
ベットで眠る男は名を馬場 充といい人工生体分野の科学者として10年ほど前に精巧な人造人間の研究の過程で人工の有機臓器の製造に成功し移植出来る人工臓器の製造に期待がかけられていたがその後すぐに表舞台から姿を消していた。
当時ピンクアフロがまだ魔術医師の駆け出しで普通の髪型だった頃に今頃中世のホムンクルスっぽいこと真面目にやってんなーと記事を読んだ記憶があり、その後とある世界的賞の候補にも挙げられてもいたが失踪したと報道されていた。
失踪記事を読んで「こいつ絶対自分好みの美少女作ってハーレム作る気だ!」と言ったピンクアフロ(当時爽やかヘアー)に一正(当時から好青年今も好青年)から「お前と違うわ!」とツッコミを入れられたので忘れるはずもなかった。
くだらない回想はすぐに打ち消して馬場博士の状態を結にも手伝ってもらいながら診断していく。
結は探しものが得意であるからこういう時や治療後の見落としがないかを結にも診てもらう様にしている。診ようとすると結には患者の悪い所にはまず黒い苔の様な物が見えたり黒い芽の様な物が見えるらしかった。
これに対して医師としての知識のあるピンクアフロは患者の身体全体を診ると患部と病名が自然と浮かんでくるらしい。
結果結は馬場博士の頭の右前頭部分に黒い芽を見つけピンクアフロも脳腫瘍と診断した。
恐らく意識を失う前も相当な頭痛や吐き気に襲われていたかもしれない。
どうやって博士一人で処置してきたのか謎だが周囲の機器は生命維持も兼ねているようで少し前から動けなくなってはいたようだった。
問題は馬場博士の生命力がかなり弱く、脳腫瘍を治療したとしてもどのくらいの時間生きていられるかということだった。
しかし片言の二人の少女に事情を聞くよりは馬場博士に直接聞く方が確実なので早速治療することにしたピンクアフロは博士の額に左手をかざしながら右手を向かって左のこめかみあたりに添える。
腫瘍などを治療する場合摘出か悪性を無効化して身体の一部にするかがピンクアフロの手段だった。他の魔術医師の中には摘出せずに消し去る者も居る。
今回は腫瘍が脳を圧迫しており取り除くのが最善であった。
ぼうっと光るピンクアフロの指がこめかみに埋まった。
「うう」馬場博士がうめき声を漏らす。
ピンクアフロが右手を引くと手品のように右掌には小さい豆粒ほどの赤い肉片が乗っていた。
その程度の大きさでも人の脳には脅威となる。ピンクアフロがなおもかざしていた右手がぼうっと光った。
深く沈んでしまっている博士の意識を引っ張り上げる様に光った右手を上へ離していく。
目を覚ました博士にすがる二人の少女。
事情はさっぱり判らないがぎこちなく喜ぶ二人の少女に水を差す気にはピンクアフロも結もなれなかったので部屋の隅でしばらく三人の様子を見守っていた。
しばらくして博士が部屋の隅に居る二人に気が付くと二人の少女に離れるように言いつけたのでピンクアフロと結は再びベットの傍まで近寄った。
「君達が私を助けてくれたのだね?ありがとう」と博士は感謝をまず口にした。
視力が落ちてしまっているのか定まっていない焦点をそれでも懸命にピンクアフロへ向けて手を伸ばす。
その手を結が両手で受け取り優しく撫でる。
そんな結の頭を撫でながら「魔術医師の天条と申します。こちらは助手の結です」と名乗るピンクアフロ。
「色々事情がおありでしょうがお聞かせ願えませんか?キツければ明日にしますが・・・」
博士の生命力がもう残り少ないことは承知していたしいつまでも持つとは思えなかったが明日くらいまでならなんとか騙し騙し引き伸ばすくらいは出来るので提案した。
「いや私はもう長くはないであろうから今話せるうちに、今託せるうちに・・・」と経緯を話始めた。
始めはSF映画で見た人を超えるスーパーヒーローを造りあげたいという多くの少年が夢見るようなことがキッカケだった。
ヒーローに自分がなるのではなく造りあげる方の夢を本当に叶えるために熱心に勉強し研究に没頭する毎日だった。
そして既存の最新科学学説では限界があると考え始めたのは世間にうるさく注目された頃だった。
人目を避けるようにここへ移り住み、身の回りの世話をする使用人以外は誰も雇わず1年が過ぎた頃研究のスポンサーとなる企業が現れた。
企業の正体を明かさないことと人型の人工生命体の制作を条件に資金や機材の援助が行われ研究所ではこれまで出来なかった分野にも手を広げて行った。
魔術の存在はその過程で知りゴーレムやホムンクルスの技術が活かせると考えあらゆる手段をとって一部コンタクトには成功し研究への協力を試みようとするも奇跡の隠匿と歪んだ進展への可能性を理由に叶わかなった。
そんな成功の糸口が見つからなかったある日スポンサー企業からやってきた技術派遣者の1人によって飛躍的に研究が進歩する。
その技術派遣者は今まで出来なかった大脳の造形や皮膚と骨の強化などを可能にさせついに三年後実験個体を二体完成させた。
01と02と呼称した実験体に博士は満足したが技術派遣者は肝心の精神構造部分が未熟すぎると指摘し企業へ失敗の報告をされてしまった。
彼女たちは意志を持った行動をとれず考えての行動ではなくあらかじめ書き込まれた行動、ゲームのNPCのようなものであり企業の望む成果ではなかった。
ロールアウト時は人形状態でありプログラムや指示がなければ食事も採らずに死んでしまうようなもので人間とはかけ離れていた。
支援は打ち切られることになり一度目の昏倒の後目覚めた時に残されていたのは二人の少女と自分だけになっていた。
これまでの研究のデータや機材は押収されており自らの死も悟った。後はこのまま死を受け入れようとした時自分を父と呼ぶ存在に初めて気がついた。
片言で心配する二人の少女はこのまま自分が死ねばどうなるのかと考えた。
他の機材やデータ全てが押収されているのに二人が残されているのは何故か?
何よりも01と02の身体能力は高い。プログラムした戦闘能力や知識は夢に見たヒーローを思い描いたものだ。
そして悪用の危険回避のためのマスター登録は自分にしてあるのでもしも回収しようとするならば自分の死後マスター登録が解除された後になる。
自分の死後に悠々と回収され研究は続くのだろうが今目の前で自分を父と呼ぶ二人はそれで幸せなのだろうか?
そう、今まで父と呼ぶことは無かったはずだった。
プログラムではマスターと呼ぶはずである。
なんということか。
なんという奇跡か?
ここに来て彼女達が成長し始めているのだった。
普通に生き続けさせてやりたい−−−そんな願いが生まれた。
少年の頃に思い描いたヒーローへの夢は娘を案ずる父親になった。
企業の手に渡れば研究素材として有用な間は生きられるだろうし成長が認められれば・・・だが必要でなくなれば自分自身が今までしてきた様に廃棄するのではないか?
今思い描いた普通に生き続けることは困難だろう。
何もせずにこのままにするかもうひとつ保証は無いが道を作るか。
そして奇跡を期待して電話を手に取った。
「ふむ。その連絡先が魔術医師協会だったんですね?」ピンクアフロがようやく自分たちに話が繋がったところで口をひらいた。
「左様。以前協力を求めたのもそちらだったのでな」博士が応える。
「医師という職業を信じてみるのと断られたが協力を持ちかけた時の対応の印象も悪くなかったからの。美人だったしの」
美人だったということは先代所長のことだなと察してダイレクトに繋がった理由も検討がついた。
先代所長は美人で真面目でうっかり屋さんで余計なフラグをばら撒く人だった。
恐らく博士との面談の後どうせ悪意なく博士のデータをさわったのだろう。先代所長に対して「事務仕事 見せない させない 聞かせない」というのが当時の魔術医師協会での常識だったほどである。悪意ない無自覚の爆弾被害がなくなったのは沖縄へ先代所長が嫁いでくれたお陰だった。
「すまんが無理を承知でお願いするがあの子達を保護してもらえないか?」博士がピンクアフロに問う。
「心得ました」真面目にピンクアフロが即答する。
「ありがとう。普通に生きる道を与えてやって欲しい。どうかよろしく頼む」そう言ってから博士は二人の少女を呼ぶと耳元で何か囁いてピンクアフロを指差した。
「私のマスター登録は解除して君をマスター登録してついていく様に指示した・・・行ってくれ・・・私の処理は・・・連・・・中がす・・・るだ・・ろ・・・う・・・」
なすべき事を果たせば人は自然に死を迎える。
なずべき事を果たさなければ死を与えることも選ぶこともすべきではない。
博士の安堵に満ちた顔を見てピンクアフロはふと祖父の言葉を思い出しながらこの二人の少女を託されたことは自分にとってなすべきことなのだろうと確信していた。
読んでくださってありがとうございました。
一気に書き終えてるぶんを投稿する根性ないので続きはまた数時間後に。