第二話「ピンクな一日」
今回と次回は説明多目ですので読みにくいかもしれませんがお付き合いくださると幸いです。
とある秋葉原近くの豪華な4LDKマンションの一室。
朝7時に目覚めると兄様を起こさないように気をつけなら部屋に敷かれた布団から出る。
部屋には大きな布団が敷かれている以外は何もなく剥ぎ取られていたウサギの着ぐるみパジャマが剥ぎ取られた時のままの状態でフローリングの床に寝そべっていた。
剥ぎ取られてた着ぐるみのウサギパジャマを拾って素早く着込んでキッチンへ。
シャワーを浴びたいところだがその間に兄様が目覚めてしまうとまた始まってしまうので先に朝食の準備しちゃうのです。
とにかく兄様が服を着るまでは油断してはイケない。
フードを被っていないため腰のあたりまで伸びた黒髪が印象的な少女は手慣れた手つきでチャカチャカと料理をしている。
実年齢は20歳だが10歳位に見えるその少女の名は天条 結と言った。
結の家庭は普通の家庭ではない。
両親はアメリカでよろしくやっていて現在兄様と日本で二人で暮らし。収入には余裕があるので使用人を雇うことも出来るが二人で暮らして自分が兄様のお世話をする方がいい。
そして兄様とはやがて結婚し父や母と同じく天条家を残してゆくのはもう決まっていることだし自分も望んでいることだ。
魔術の血をより濃く残すために血縁者同士の結婚は当たり前のことで結自身も兄を愛しているのでとても幸せなのです。
祖父母は姉弟で結婚して母を産み、別の魔術の家系の父を養子婿にして結婚していたので何の問題もありません。
天条家は魔術医師の名家であり跡継ぎの兄様ももうこっちでは名医と呼ばれる存在なんだけれど変な人でも通っちゃっている。
朝食の準備が出来て兄様を起こしにいく。
迂闊に近づくとそのまま始まってしまう可能性があるので部屋の入口から声を掛けて起こないとイケない。
生返事のピンクのアフロヘアーが身体を起こすのを確認してリビングへ避難してぬいぐるみを抱えた防御体制でピンクアフロを待つ。
上半身裸だがちゃんとジャージを履いてきてくれているのに安堵した。
トーストをもしゃもしゃと食べながらテレビを観ている兄様は一般的には見たままの変人です。
お世辞にも普通の人にはまず見えない。
30代半ばに見える30歳でピンクのアフロヘアー。
瞳は黒ではなく灰色っぽいので時々光っているようにも見えちゃう。
体格も良く声もいー声です。
「うむ!今日も美味かったぞ朝メシがーーーー!結ーーーー!」
パソコンでメールをチェックしている結を後ろから抱きしめる。
常人ならばウザさ100%だがこれまた嬉しそうに抱きしめる腕に手を添えて「はい。」と応える結。
その返事や仕草の可愛らしさにに感激のピンクアフロは勢いのまま結を肩車する。
「あ・・・メールのチェックがまだなのです」
脚をパタパタさせて無駄だとわかっている抗議をする結。
「構わん!うおおおおおおお!」と結を肩車したまま寝室へ。
兄様一人いれば少子化は防げるのでは?と思う結であった。
魔術医師としての仕事は魔術医師協会を経由して患者から依頼メールが来るようになっているのだが魔術医師協会の存在を知る所となるまで一般的にはかなり難しい。
実は医療行為だけでなく多岐にわたって魔術は運用されているのだがインチキテレビの特番等の情報操作で噂話は都市伝説化している。
大きく分類すると守り続けられた家系と血によって奇跡を起こすことを魔術と呼び、家系や血に関係なく不思議な能力を使うことが出来る者を超能力者とインチキテレビやアニメSF映画の世界などではわけられていて一般人にとってはどれもおとぎ話や都市伝説でありありえない話となっている。
実際、魔術医師の紹介料だけで運営される協会の紹介料は高くその後の治療費を考えれば自然と裕福な人間にしか奇跡を頼ることはできない。
ちなみに紹介料は基本的には現在5000万円が相場でありこれはその時の経済状態で決定される金額となっっておりバブル景気の頃は1億円を越えていた。
治療費は魔術医師個人の自由であるため決まりや相場は無いが一応1000万円ほどが最低ラインとなる。ピンクアフロの場合気に入った患者1000万円くらい、気に入らない患者1億円とアバウトである。
病に苦しむ人々を全て救うことは不可能であり病や怪我の脅威が無くなれば人は更に上の欲求に支配される。
健康の行き着く果は不老長寿となり結果的に人ならざる者として破滅する要求には安易に応えないのである。
魔術医師協会の仕事は依頼者の振り分けや治療費の支払い能力の確認が主なため症状は特殊な場合以外ほぼ連絡されてこない。
魔術医師の中には患者が自分好みでないと断る輩がいるので秘密にする様になってしまった。
また特殊な場合とは緊急の事故や怪我の場合が多く殆どが今死なれては困る人物が対象者である。
極端な例えではあるが飛行機事故に巻き込まれたとしても国家が必要と認めればいち早く死体を発見し魔術医師が蘇生し事故を起こした飛行機に搭乗してなかったことにまでするのである。
だが特例は特例であって実例は今世紀でも数件ほどである。
ようやく開放された結がシャワーを浴びてから兄様指示によるメイド服に着替えて再びメールをチェック出来たのはもう10時前であった。
緊急の場合は電話連絡もあるのでメールの確認自体に緊急性は無いが真面目な結は朝、昼、晩と必ずチェックするのである。
依頼メールが無いことを確認した結は昼食はどうしようかと考えながら炊事や洗濯をしてゆく。
変態ピンクアフロのどぎつい配色のインナーやシャツを干しながらまだ昼食のメニューを決め兼ねているとピンクアフロが全裸でやってきた。
「兄様・・・待っ・・・」
「ガルルルルルルル」
表向きは通販の会社のオフィスになっている魔術医師協会のオフィスは秋葉原の古い雑居ビルの一室に構えられている。
全部で7人と少数だが職員は皆魔術の家系で構成されおりちょっとした婚活の場にもなっていて魔術の血を存続させる上でも重要になっていた。
短大を卒業して入所一年目、仕事もよく理解出来た頃で高慢な依頼者の対応もこなせる様になったと思い始めていた受付オペレーターの西門 ルナ(さいもん るな)はある依頼の電話に頭を抱えていた。
私服OKの職場なので派手なのもを避けて選んだブラウン系の花柄のワンピースでセミロングの髪型のルナは本当に良いとこのお嬢様といった感じであるが表情に余裕がなくなっていた。
一日に何件もかかって来ない暇な職場だが相手がどの分野であれ高い地位が多いため毎回緊張はする。
だが今回はそういうのではなかった。
「チチ タスケル ハヤク」
依頼は基本的に信頼できるバックアップがなければ出来ない仕組みになっている。
例えばここを知る数少ない議員や有名な医師の他に旧財閥関係者などの奇跡を隠匿するための条件を認識している人間の働きが無ければ依頼出来なくなっているのだ。
電話に接続されたパソコンの画面にはどの筋のバックアップも表示されておらずダイレクトに掛けられている電話だった。
隣の席で同期の望月 楓もルナの様子が変な事に気がついたらしく可愛らしい愛用の犬のマスコットの付いたボールペンでメモ書きに「どうかした?」と書いてルナに見せる。
ルナと違い水色のパーカーと白色のショートパンツのサロペットの楓はツインテの髪をピョコピョコさせながら横からルナのパソコンの画面を覗き込んで通話中の相手が誰か確認しようとしたが表示されていない。
ルナは何度も事務的に「どなたのご紹介でございますか?」「間違い電話ではございませんか?」と問いかけるも答えは無く電話の主はただ「チチ タスケル ハヤク」と繰り返すのみだった。
間違い電話と指摘はしたものの間違い電話が掛かって来るはずはないのは承知していたがルナには他に対処方法が思いつかない。
電話の声は抑揚のない棒読みに近いもので若い女性であるようだが・・・。
そんなやりとりでかれこれ15分近く電話の応対をしているルナが困り果てていると電話は切れてしまった。
「はあー。」
ため息をつき机に突っ伏したルナに「大丈夫?だれかわかんないのって変だよね?」楓が声を掛けている様子を所長の田村 一正も気になってネットサーフィンの画面からひょいと首を出して伺った。
オフィスには現在ルナと楓と一正の三人以外は調査班として皆出払っているためルナの説明は自然と一正への報告も兼ねたものになった。
「うーん」細身のスーツをさらりと着こなした好青年の一正はうなりながら画面を見つめた。
「確かにデータ表示にはどこのバックアップかも記録はないですしかもダイレクトに接続されていて発信元も大まかに長野県あたりで携帯からとしか判らないですね」
録音された声に聞き覚えはもちろん一正にも無く次にかかってきた時の追跡プログラムをセットして待つことにした。
「大丈夫でしょうか?」
二匹の子犬の様に心配そうなルナと楓の一正への問いかけに笑って「心配ないよ」とだけ答えたものの異常事態であることは確かなために追跡プログラム以外の手段も考え始めていた。
ようやく開放された結は遅くなった昼食を兄様と簡単に済ませた後メールのチェックをして普段着に着替えて夕食の買い物に出掛けた。
一人で出掛ける時はメイド服よりも兄様の用意した女児服の方が目立たずマシなので良いのだが最近の兄様のお気に入りかやたらとフリルやレースが多い。
一時期お気に入りだったしまむらのラフな方がもっと目立たなくて良かったのだが兄様の要望なので仕方なかった。
午前中の体育の個人授業のお陰でいつもより身体のだるさを感じながらユニクロとかGUとかにも今度連れて行って欲しいとねだってみようかとも思うのだった。
ダイレクトにコンタクトを取れている事実からこちらの直通電話の暗号システムを把握もしくはハッキングの可能性も視野に入れながら一正は考えられる全ての人間に探りを入れた。
20年ほど前からは魔術医師協会の電話番号に偶然掛けても繋がらないようになっている。
ただし過去にコンタクトを許されている端末からはアクセスは可能でありその場合は必ずその端末のデータが魔術医師協会に存在するので今回の様に相手が不明になるはずはなかった。
このシステムになる以前は書面の郵送で依頼のやり取りをしていたらしく以前の記録も全てデータベース化されているので長野県からの依頼も表示してみたが見ただけでは判断できなかった。
調査班に丸投げするしかないにしてもある程度の道つけをしておくつもりで色々探りを入れたのだったが如何せん手がかりと言えるほどの成果は得られなかった。
出払っている調査班にもメールで報告と問いかけはしたものの誰にも心当たりも無いようだった。
「さてと・・・現時点で外への対応で出来ることは終わりましたかね。」
それならばと相変わらず心配そうに見つめる雨に濡れた子犬顔の二人にも指示を出すことにした。
「ルナさんは確か絵も得意でしたよね?」
「はい?」意外な質問だったのでキョトンとして応えるルナに一正が言った。
「実際に声を聞いたイメージで相手の顔をモンタージュしてみませんか?別に結果似ていなくてもいいんです。物は試しですよ」
実際魔術を使用した捜査を行う場合がありその中でも比較的テレビドラマ等でも使われるものだし投影するのでは無く絵を描くことだったので簡単な方だったがルナは全く自信が無い。
だが他ならぬ所長、一正の指示を断る気にはなれず「やってみます」と答えた。
「楓さんのお姉さんは易を使いますよね?楓さんもやったことはありませんか?」
「お姉ちゃんほどの成果は出せないです」こちらも自信なさげに応えるので一正は「長野県あたりの大きな範囲をもう少し狭める様な感じでいいのですよ。外れてても問題ありませんから」と二匹の子犬に仕事を与えた。
今日の夕飯は牛肉のブロックが安かったのでビーフシチューにすることにした。
シチューならば翌朝も温めればパンと合うし手間が省けるしカレーもいいかと思ったが辛いのは自分が苦手なのでビーフシチューに決めた。
沢山作って仲の良いルナや楓にも持っていこうとも思う。
確かいつか患者さんに頂いたワインも入れればお肉も柔らかくなるはずだ。
家に戻ると兄様はパソコンのオンラインゲームに夢中になっていて邪魔される心配もなさそうなので安心して料理を始められるのです。
なんとなく市販のルーは二種類混ぜた方が美味しい気がしているのでメーカーの違うものを細かく刻んで混ぜて入れましょう。
そう言えば冷凍しておいたハンバーグを入れれば良いかも?そうしよう。なんだかスイスイと料理がすすむので気分が良くなってきました。
愛しの妹が買い物から帰ってきてご機嫌で料理している。
ゲームそっちのけで可愛らしい服のエプロン姿を鼻の下を伸ばして見つめながら変態ピンクアフロはご満悦。
そして−−−。
ルナは自信がないため最初は見せるのもためらってはいたが一正が押し切る形でお披露目となった。
ルナの描いたのは幼さの残る少女だった。12、3歳と言った感じで髪は短く目はキツイ感じでかなり成功しているのでは?と一正は直感していた。
ただ気になったのは同じ顔の少女が対になるように二人描かれていたことだった。
そして楓の方は楓の方で「神」「湖」「女」の三文字をひねり出してきた。恐らくは女神湖のことであろう。
「もしかするとお二人とも来年からは特殊捜査班かもですね。オペレーターの補充を考えないとです。まだ学生さんのお宅が多いので私が電話番する羽目になりそうですが・・・」
一正は笑いながら絵をスマホで写真を撮ると出払っている調査班にメールした。
ようやく開放された結は遅い夕食の後の後片付けをしてメールをチェックした。
今日も依頼は無かった様でホッとしていた。ご奉仕も頑張ったせいか顎もだるいので頬に手を当てながら真剣な表情でチェックする。
なんだか一日中されていた気がするしその所為でメールの確認が送れてしまうのは申し訳なく思う気持ちで一杯になる。
全ての病に苦しむ人を救うことは出来ないのは結も理解しているしそうだからこそ救えるのならば一分一秒でも早くと思うのである。
明日は先日の美佐婦人にお手紙でも書いてみようかな?関西に遊びには簡単にいけないのだが電話をこちらからするのはなんだか恥ずかしいし・・・あれ?。
婦人への手紙の事を考えていたので急に自分の身体が浮き上がったのがピンクアフロが持ち上げたからとワンテンポ遅れて気が付く結。
ひょいと結を持ち上げたピンクアフロの極悪な顔の光る灰色の瞳。
「今夜は10回数えられるまでだぞ!数え間違えたり気絶したらお仕置きだ!」
「ひゃい」と悲鳴混じりの返事をしながら結は明日お寝坊さんしちゃうかも?と思っていた。
様々な機器に囲まれた部屋の中央にベットがあった。
そのベットには男が眠っている。
ベットで眠っている男を心配そうに同じ顔の二人の少女が見つめていた。
「チチ マダ オキナイ?」右側の白いワンピースの少女が左側の黒いワンピースの少女に聞いた。
左側の少女は右側の少女の方は見ずに男を見つめながら応えた。
「オキル デキナイ ハヤク シナイト オキル デキナイ」
好き勝手も難しいものですね。
ここまで読んでくださってありがとうございました。