分岐点
「って言う訳で、いきなり3日間も休暇もらっちゃったけど、君は?」
和泉と村本の携帯電話に着信があったのはほぼ同時だった。
ただし、内容は微妙に異なる。捜査二課の方からはこれ以上嗅ぎ回るなと上から言われて、広島に戻って来いという命令。
和泉の方は、有休休暇を使って好きなだけ調べろという命令。
「……うちの課長も班長も、保身第一主義ですから。自分はこれからすぐにでも広島に戻らなければなりません」村本は言った。
和泉はちらりと時計を見た。新幹線にしろ飛行機にしろ、今から広島に帰るには無理があるだろう。
今、二人の刑事は赤坂に来ていた。
ホテルのレストランを出た高島亜由美と川西幸雄は、タクシーに乗って、赤坂の町へと移動した。
二人は明らかに高級そうなバーへ入っていった。
しかし二人の刑事は入り口のところで入店を断られた。
警察手帳を見せてもそれは変わらず、仕方ないので店の外で待機することにした。
そこへそれぞれの上司から連絡が入ったのである。
「今からじゃ、新幹線ならせいぜい新大阪止まりだよ?」
「そうかもしれませんが、とにかくこの場を離れればいいんでしょう」
彼は本気でこの場を立ち去るつもりだ。
止めるつもりはない。それは各自で判断することだからだ。
「じゃ、気をつけてね」
去って行く村本の背に声をかけてから、和泉は再び店の方へ目を戻した。
それからどれぐらいの時間が経過しただろうか。店から川西幸雄と高島亜由美が二人で出てきた。
店のママと思われる和服姿の女性に見送られ、二人は別々のタクシーに乗り込んだ。
それから高島亜由美は東京駅前の、夕方チェックインしたホテルに戻った。
同じホテルに泊まれるだろうか?
和泉はフロントに問い合わせてみた。残念ながら空室はないが、同じ系列のすぐ近くにあるホテルなら空室があるということで、予約を取ってもらった。
先ほど高島亜由美の動向を教えてくれたフロント係に、何か変わったことがあったら教えてくれと頼み、和泉は今夜のホテルにチェックインしに行った。
ほとんど荷物らしい荷物は持って来なかったので、それからデパートに向かった。
ワイシャツの替えを買うついでに、伊達眼鏡とサングラスを購入した。
それから駅構内を歩いていると、全国的に有名なファストファッションの店があったので、肌着とTシャツ、ジーパンを買った。
その後コンビニで整髪料や飲み物を買い込み、和泉はホテルに戻った。
携帯電話をチェックするとメールがきていた。
駿河からだ。
そこには県会議員川西幸雄についての詳細な情報がびっしりと記載してある。川西もまた生口島出身であり、かつて大蔵省と呼ばれていた省庁に入庁。
退庁後地元に戻り、県会議員選挙に出馬。それから何年も議員の座に座り続けている。今回の宮島再開発計画については賛成派に属する議員である。
それからもう一通、周からメールがきていた。
添付ファイルがあり、開いてみると猫のアップ写真だった。
生存確認、というタイトルと、そろそろ夏休みも終わりで宿題に追われているから、助けに来て欲しいとの内容だった。
和泉は思わず頬を緩めて、早めに仕事を終わらせて帰れるように頑張るね、と返信した。
追伸、メイちゃん可愛いよ。
ふと、石岡孝太のことを思い出した。
あれは間違いなく本人だった。高島亜由美と一緒に東京へ向かっていたのは。彼がこちらに気付いて、社長に報告し、そうして県警本部の方へ抗議が入ったに違いない。
何を考えている……?
彼は今、どこで何をしているのだろう。
おそらく社長と同じホテルに泊まっていることだろう。何しろあの社長秘書も一緒に出て行ったのだから。
和泉はふと思いついて立ち上がり、高島亜由美達が宿泊しているホテルに向かった。
フロントを通りかかると、さきほどの従業員が微笑みかけてきた。
「何か変わったこと、ない?」
今のところはない、との返答。和泉はそれからホテルの案内板を見た。
最上階にはレストランとバー。迷うことなく彼はエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。