悪代官と越後屋:2
ネクタイを緩め、髪の毛を掻き回して、村本のかけている眼鏡を取り上げる。たいした変装にはならないが少しぐらいはごまかせるだろう。
彼はかなりの近眼のようだ。眼鏡をかけると、くらっと眩暈がした。
それから和泉はウエイターを呼んだ。できる限り高島亜由美達の近くに座らせてくれと頼んだところ、初めは怪訝そうな顔をされたが、警察手帳を見せたら納得してくれた。
眼鏡をとられた村本の方は、眉間に皺を寄せて、ほぼ手探り状態で和泉の後をついてくる。それから携帯電話の録音機能を起動させた。
「今のところ、計画は順調です」高島亜由美が言う。
「そうか、それは何よりだ」
「それもこれも、全部川西先生のおかげですわ。本当に感謝しています」
「ところで、マスコミや警察は大丈夫なんだろうね?」
「ご心配には及びませんわ。決して先生にご迷惑をかけるような真似はいたしません」
「それならいいがね……圭史郎の時みたいなことは困るよ、本当に」
「あれはアクシデントというか、予想もできなかったので、申し訳ありません」
「あの子は……子供の頃からよく知っているから、ついうっかり口を滑らせてしまったということもあるがね。でもまさか、守る会に所属していたとはね」
川西幸雄は桑原圭史郎と知り合いだった?
「それにしても、君も恐ろしい女だな」
川西は紹興酒のグラスを傾けながら言った。
「あら、どうしてです?」
「目的の為には手段を選ばない……まぁ、そうでなければ今はないだろうがね」
「ほほほ、そうですわね。ところで川西先生、少し場所を変えませんこと? 近くを犬がウロウロしていて、少し居心地が悪いですわ……」
犬とは刑事達のことだ。気付かれていたのか。
和泉は眼鏡を村本に返し、さっさと髪型を元に戻して、ネクタイを締めた。
※※※※※※※※※
今夜もどうせ家には帰れそうにない。
聡介はやはり本部に残っている部下達に、奢ってやるから好きな物を注文しろ、と近くのデリバリー専門中華料理店のメニュー表を渡した。
和泉からの連絡はまだない。
「はい、じゃ私が注文します!」結衣が手を挙げる。
その時ようやく、和泉からの連絡があった。
『聡さん、川西幸雄について大至急調べてください』
「川西幸雄? 県会議員のか……」
相手が政治家となるとそれだけで面倒なことになる。胃が少し痛んだ。
『今、高島亜由美と東京で会っています……いや、いました。我々の存在に気付いて早々に退散したと思われます』
「わかった、川西幸雄だな?」聡介は駿河を見つめた。
優秀な部下はそれだけで通じたらしい。パソコンのキーボードをカタカタと叩き始める。
「高岡警部、あの……」
結衣が心配そうな顔で見上げてくる。
「彰彦、いいか? 引き続き監視を続けろ……なんだ?」
通話ボタンを消して、聡介は結衣の方を向き直った。
「谷原本部長がお呼びです」
ついに来たか。
聡介は手で胃を抑えながらゆっくり立ち上がった。
わざとゆっくり歩いて本部長室へ向かうのは、せめてものささやかな抵抗である。