山陰訛り
昨夜何者かに襲われた『宮島を守る会』のメンバー三人を見た瞬間、駿河の脳裏にいろいろな記憶が鮮やかに甦ってくる。
が、あの時の彼らは目出し帽で顔を隠していたので、はっきりと同一人物だとは言いづらい。
「どうだ?」
「……正直、はっきりとお答えはできません。でも、話し方を聞けばわかるかもしれません。一人だけ特徴のある喋り方をしている人物がいました」
よし、行こう。聡介の手が肩に触れる。
支倉への事情聴取を終えて戻ってきた駿河は、班長から一緒に病院へ行くよう命じられた。
『宮島を守る会』に所属するメンバーが何者かに襲われ入院しているという。
包帯を巻かれて病室のベッドに横たわっている男は、明らかにそのスジの人間だとわかる、眉のない凶暴そうな顔をしていた。それでも今は弱々しい表情で刑事達を見ている。
すぐ隣にはごく普通の、どこにでもいるような中年男性。
「少しお話を伺えますか?」
返事はない。
「襲われた時のことを、詳しく話していただけませんか?」ごく普通の中年男性に聡介が穏やかに声をかける。
「昨夜の刑事さんに、詳しいことは全部話したがな」
「……怪我は痛みますか?」
「薬がよう効いちょるけん、いたしぃこたないが、じっとしとるがえらてなぁ」
「もしかして、鳥取か島根のご出身では?」
すると男性は顔を綻ばせた。
「わかりますかいな?」
聡介も微笑む。
「ええ、山陰の方の話し方だと思いました。実はうちの息子……こちらの彼ですが、宮島を守る会のメンバーに襲われて怪我をさせられたのですよ。その内の一人が、山陰訛りで話していたというんです」
すると男性は急に押し黙った。
「ああそうだよ、俺達はあの女に頼まれてそいつを襲ったんだ」
突然、眉なしのヤクザ者が答えた。
「あの女とは、どちらかですか?」
そこで駿河は高島亜由美と野村彩佳の写真を見せた。
「こいつだ、この……」
眉なしが指さしたのは彩佳の方だった。
「あの広静建設社長の息子で、推進派のスパイだから痛めつけてやってくれって、現金を寄越してきた」
「それでわざわざ生口島まで?」
そうだ、と返事がある。
「ところで、あなた方を襲った犯人に心当たりは?」
眉なしは気まずそうな顔をしてから、
「石岡……孝太。あの、元鳳凰会ヘッドの。間違いない。昔から変わらないやり方だったから、すぐにわかった」
「何か言っていましたか?」
「ま、いろいろと。誰に頼まれたのか、実行犯はだれか、あいつの恐ろしさは俺達みんな知ってるから、全部白状したよ」
「それからどうなりましたか?」
「どうもこうも、俺達、気がついたらここで寝てたわけさ」
「ご協力ありがとうございました。お大事にどうぞ。葵、何か言いたいことはあるか?」
聡介の視線が自分を向く。
「……暴力では何も解決できません。そのことが理解できたなら、足を洗うことをお勧めします」
返事はなかった。
病室を出たところで、
「あの写真の女性は確か……」聡介が呟く。
「高島亜由美の社長秘書です」
「どうしてお前を襲わせたりしたんだ?」
「わかりません。ただ、考えられるケースとしては……」
美咲を陥れようとしたのではないだろうか。彼女が守る会のメンバーに接触して駿河を襲わせたと、そういう筋書きにしたかったのではないか。
もう少し冷静で頭の良い女性なら、と思う。そうすれば少しは好感も抱けただろうに。
「やはり、自分が父の息子だということなのでしょうね」
班長は少し溜め息をついてから、
「それで、どうするんだ? 葵。告訴するか?」
「……いえ、立件しません」
元々そのつもりはなかった。
「いいのか?」
「はい。もう、彼女と関わり合いにすらなりたくありません。これほど愚かな女性だとわかった以上、さすがの父も無理強いはしないでしょう」
そうか、とだけ返事があって、聡介はそれ以上余計なことは言わなかった。
「ところで班長、友永さんですが……」
「どうかしたのか?」
「あの支倉という男が現れてから様子がおかしいです。ひどく感情的になって、何がなんでも本ボシに仕立て上げたいようです」
「そのことはまた、おいおいな……」班長は何か知っているようだ。しかし「お前の感触はどうだった? 支倉はシロかクロか」
「……感触で申し上げて良いのならクロです」
あくまで心証に過ぎないのだが。
「そうか、その感覚を大事にしろよ。俺は刑事の勘ほど当たるものはないと信じている」




