ウサギとクマ
友永さん、と駿河は相方を制したが、当の支倉は表情を崩すことなく、腕を組んで真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
その目つきは明らかに一般人と異なっていた。
「……友永さん、証拠はあるんですか?」
「今は、まだない。けど、絶対に見つけてやる!!」
支倉はポケットから煙草を取り出して火をつけた。それから急に駿河の方を見る。
「一つ、おもしろい情報を差し上げましょうか」
「おもしろい情報?」
「だいぶ警戒しておられますね。ま、無理もないとは思いますが。ご安心ください、代わりに何か情報を寄越せなどとは言いませんから。おもしろいかどうかはわかりませんが、我々『宮島を守る会』の元へ、女性の声で連絡があったんですよ。駿河葵さん、あなたが再開発計画推進派である広静建設の社長令息であり、ご自分の立場を利用して我々の動きをいろいろ探ろうとしていると、ね」
「……女性……?」
「さすがに名乗りはしませんでしたがね」
支倉は煙を吐きながら笑った。
「それを聞いた一部の仲間が暴走して、こいつに襲いかかったってか?」
「それをお調べになるのは、そちらのお仕事でしょう」
いったい誰がそんなことを?
ふと、駿河の頭にとある女性の顔が浮かんだ。
※※※※※※※※※
「あの、班長……」
日下部がおずおずと話しかけてきた。彼はいつもこうだ。
大きな身体の割に気はどこまでも小さく、それでいて妙なところで変に強がってみせる。聡介が顔を上げると、彼は背を丸めて申し訳なさそうに辺りを伺う。
「さっき、所轄にいる同期から聞いたんですが、今、俺達が追ってる事件と関係があるかどうかはわかりませんが……」
聡介は溜め息をつきたいのを堪えた。辛抱強く次の言葉を待つ。
「お茶入りましたー!」
いつの間にかちゃっかりと捜査1課の部屋に転がり込んでいる結衣が、緑茶を運んできてくれた。
彼女は日下部が聡介の前に立っているのを見かけると、
「日下部さん、もしかしてさっきの話、まだ警部に言っていないんですか?」
「今、言おうとしてたんだ……」
この二人は仲が良いようだ。兄と妹のような微笑ましさがある。
今度の人事異動で希望が出せるものなら、結衣を捜査1課に引っ張ってこようか。
二人とも刑事としての素質は悪くない。
コンビを組ませたらお互いに成長するかもしれない。
「実は昨夜、宮島で傷害事件があったそうなんです。被害者は3人。いずれも『宮島を守る会』に所属するメンバーで、集会の帰りに襲われたそうです」
「被害者の身元は?」
日下部は手元の手帳を覗き込んで答える。
「身元は割れています。二人は暴力団関係者、一人は四季彩館という旅館の従業員。もしかすると、駿河を襲った犯人かもしれません。警察の事情聴取に対して、犯人に心当たりはあるらしいが、いまいち歯切れが悪くて、何かを隠しているようだと……」
「怪我の具合は?」
「襲った奴は相当ケンカ慣れした人物みたいです。見事に腕と脚の骨を折った上、鳩尾にパンチを喰らわして、被害者は三人ともしばらく気絶していたらしいですから」
「通報したのは本人達か?」
「いえ、集会場所を提供した地元民で元廿日市南署の八塚という男性です」
聡介の知らない刑事だが、駿河なら知っているかもしれない。
「病院の場所を教えてくれ。後で葵に面通しさせる」
日下部は手帳に書き留めた、被害者達の搬送された病院の名を告げた。
「ところで日下部」聡介は背中を丸めて立っている息子の同期を見上げた。「いつも言っているだろう、もっと自信を持って話せ。もし何か間違っていても、それをフォローするのは俺の仕事だ」
「……は、はい!」
すぐ近くて結衣が彼にVサインを見せている。
それから彼女は部屋全体をぐるりと見回して言った。それから和泉の席に腰を下ろす。
「それにしても、和泉さんがいないってこんなに静かで平和なんですねぇ。いっそ警視庁にでも再就職すればいいのに」
「一人で大丈夫なんですか? あいつ、県外から出たことないって話でしたよ」
てっきり日下部は和泉のことを嫌っているのかと思っていたが、そういう訳でもなさそうだ。
「子供じゃあるまいし、心配するな。それに応援も頼んである」
その時、聡介の机の内線電話が鳴った。