尾行開始
周はふと、気になっていたことを口にした。
「……なあ、義姉さんて孝太さんのことどう思ってるの?」
彼女は躊躇なく答えた。
「弟よ。私、子供の頃に両親を亡くして、独りぼっちだと思っていたの。けど、両親のことをよく知っている人が、半分血のつながった弟がいるんだって教えてくれて、それが孝ちゃんだと信じてたの。だから彼のことは弟以外の何でもない」
そこに男女の恋愛感情を匂わせる要素はなにもない。
「俺、義姉さんを信じるよ。あの駿河ってヤツのことも、信頼していいと思う。和泉さんに負けず劣らず変な人間だけど」
周は言った。
「周君……」再び美咲の目が潤む。
周は急いで携帯電話を取りだし、和泉に連絡した。すぐにつながる。
「和泉さん、孝太さんがいなくなった! 急に仕事辞めるって書き置き残して、寮も空っぽなんだよ!!」
『彼に監視はつけているはずなんだけどね……わかった、あとは僕らに任せて』
これで一安心だ。
彼に任せておけば何の問題もない。
「なぁ、俺達も芦田川の近くに行ってみようよ!」
周は通話を切って美咲を振り返った。
「うん……」
「どうしたんだよ?」
「そうしたい気持ちはあるの。でも、今は賢司さんに逆らえない……」
義姉の顔色は冴えない。どうしたというのだろう?
「……なぁ、そろそろ教えてくれないか。義姉さんが賢兄と結婚した理由。何を聞いても驚かないよ」
やはり躊躇いがあるのか、美咲は三毛猫の耳をいじりながら迷っている。
「義姉さんと、駿河っていう刑事のことなら孝太さんから聞いた」
義姉は眼を見開き、それから溜め息をついた。
「そう……なら、もう黙っている訳にもいかないわね」
※※※※※※※※※
テレビ局の中に入るのは二度目だ。
テレビで見たことのある気象予報士やアナウンサーが傍を通りかかり、入館証を首から提げた若い男女がバタバタと走り回っている。
収録を終えた高島亜由美はさっそうとスタジオを出て、彩佳ちゃん、お水。と、秘書に手を差し出す。はい、と秘書はすぐにペットボトルの水を差し出す。
彼女達は前方から刑事達がやって来るのを見て、迷惑そうな表情を隠しもしない。
「高島さん、少しお話を伺いたいのですが」
聡介が声をかけると、
「私、忙しいんです。アポイントメントを取ってから本社においでください。これから東京に行かないといけないものですから」
高島亜由美の回答はそっけない。
しかし聡介はまったく意にも介さず、
「小倉奈保子さん、ご存知ですよね? 小倉雪奈さん、あなたが産んだお嬢さんを育てた養母です」
「……私の娘……?」
高島亜由美は眼を見開き、やがて笑い出した。
「誰がそんなことを? 少し有名になってテレビに出させてもらったりすると必ずそう、昔の知人だとか友人だとか、肉親を名乗る人があらわれるんですよ。そういう人達は決まって、困っているからお金を貸して欲しいって厚かましいことを言うんです。そんなのいちいち相手にしていたらキリがありません」
そういうことはよくあるだろう。
「であればDNA鑑定のご協力をお願いします。小倉奈保子さんの供述の真偽を確かめなければなりませんので」
すると高島亜由美は眼を吊り上げた。
「お断りします。私は小倉なんて人は知りませんし、急いでいるんです」
スタスタと足早にその場を過ぎ去る。秘書の女性は慌てて後を追いかけて行く。
「……明らかに動揺していましたね」和泉は言った。
「ああ……」
「彼女、目が赤かったですね。泣きはらした跡かもしれません。化粧で上手に隠していましたけど」
それでも一応、血の通った人の親だということか。
「彰彦。お前が高島亜由美を尾行しろ」
予想外の、しかもいきなりの聡介の命令に和泉はつい慌てた。
「僕一人で東京に出張ですか?! そんな怖いこと無理です」
「子供みたいなことを言うな!」
「聡さんは一緒じゃないんですか?」
「俺が県外に出る訳にはいかんだろう」
「だけど……十津川警部はカメさんと一緒に日本全国……」
「何を訳のわからないことを言ってるんだ、急げ!」
そこで、和泉は仕方なく高島亜由美の尾行を始めた。




