どうしていつもこうなるの?
周が生口島の別荘に引きこもっていると賢司から連絡があった。
下手に刺激しないよう、決して現地に向かったりしないよう言われて、美咲はため息をついた。
どうしていつもこうなるのだろう?
今日はひさしぶりの休みだ。
自宅に戻ってみると、確かに周も猫2匹も姿が見えない。
洗濯機を回して掃除機をかける。
賢司の部屋に入った時、美咲は掃除機に何が当たるので、ベッドの下を覗いてみた。ガラケーと呼ばれるタイプの携帯電話である。
美咲にはまったくそんな気は起きなかった。携帯電話は机の上に置いておく。
その時、自分の携帯電話が鳴っていることに気付いた。
急いで自分の部屋に戻り、着信を押す。女将からだ。
「お母さん、どうしたの?」
『孝ちゃんが……』
「どうかしたの?」嫌な予感がした。
『孝ちゃんが退職願を置いて、どこかに消えちゃったの! 従業員寮も空っぽだし、あちこち探したんだけど、どこにも姿が見えないのよ……』
私のせいだ。
『もしもし、サキちゃん聞いてる?』
「ごめんなさい、聞いてるわ」
『嫌な予感がしてならないの。心当たりはない?』
「……わからない、でも探してみるわ。また連絡するね」
美咲は掃除機を止めて服を着替えた。
孝太は生まれも育ちも宮島だが、暴走族に所属していた頃は、広島市内から東は福山市内まで友人知人がいたらしい。
そうだ、と美咲には思い当たることがあった。
桑原の葬儀の帰りに立ち寄った尾道駅前の割烹料理店。若女将は古い知り合いだと言っていた。
美咲は車に乗り込み、尾道を目指して高速道路を飛ばした。
私が彼を傷つけた。
だから周もあんなに怒ったのだ。
どうして信じてあげられなかったのだろう?
旅館で働き出してからの彼はいつも真面目に一生懸命働だったのに。
弟をあんなに可愛がってくれたのに。
運転しながら涙がこぼれた。
尾道に到着する。近くに路上駐車して、店の前まで走って行くが、定休日の札がかかっていた。
入り口には鍵がかかっていたが、何度も扉を叩いて反応を待つ。
しばらくして中から、この店の主人であろう男性が出てきた。
「あの、すみません! 奥様の知人の……石岡孝太っていう男性が来ませんでしたか?!この人なんですけど」
昔、創業60周年を記念した時に従業員全員で写した写真がある。
孝太ははっきり解る鮮度で映っていた。美咲は写真を彼に渡した。
「いや、自分は見ていませんね」
男性はしばらく写真を見た後、申し訳なさそうに答えた。
それから彼は、少し待ってください、と2階の方を見上げる。
「梨恵、ちょっと降りてこい」
「なーにー?」すぐに若女将が降りてくる。彼女は美咲を一目見ると、
「あ、孝ちゃんの……」
「彼、こちらに来ていませんか?」
「ううん、あれから音沙汰ないわよ」
「そうですか……ありがとうございました」
美咲は頭を下げて車に戻ろうとした。すると店の主人が、
「この男性を探しているんですか?」
「ええ……」
「この写真、お借りするかコピーを取らせていただいてもいいですか? うちの店は常連客が多いし、タクシーの運転手もたくさん来ますから、何か情報が入るかもしれません。それに俺も、この方の顔は覚えていますから、見かけたらすぐに連絡します」
美咲は胸が熱くなるのを感じた。
なんて親切な人だろう。
連絡先を書いたメモと写真を渡し、厚く礼を言ってから車に戻った。
さて、これからどうしよう?
勢いよく飛び出したはいいが、あてが外れてしまって困惑している。
とにかく、周に連絡して迎えにいこう。それから一緒に探してもらえばいい。
美咲は周の携帯電話にかけた。まるで彼女からの連絡を待っていたかのように、すぐつながった。
「周君? 今、生口島にいるのよね? 迎えに行くから待ってて!」
周が何か言おうとするのを遮り、美咲はそこを絶対に動かないで! と、だけ言って電話を切った。