あしながおじさん
小倉雪奈の養母である奈保子から聞いた話は、刑事達の予想をはるかに超えた驚くべき内容であった。
彼女はMTホールディングス社長、高島亜由美が産んだ子供だという。
産んですぐ児童養護施設に預けられた。
小倉夫妻は雪奈の素性など何も知らないまま養子として迎え入れたのだが、誕生日ごとに彼女に宛てて贈り物が届いた。
小学校に上がる時にはランドセル、中学校に上がる時には通学用に自転車が届いた。
私立で授業料も高額な学校に入学した際には、有名デザイナーがデザインしたという高価な制服も送ってくれた。
雪奈自身は『足長おじさん』と喜んでいたが、いったい誰がこんな真似を? と夫妻の疑惑は膨らんだ。
高校に入り、何かと問題を起こすようになった養女に手を焼いた夫妻は、何かと贈り物をしてくれる『足長おじさん』の正体が判明して、会ってくれれば少しは落ち着くのではないかと、彼女を引き取った施設の担当者に問い合わせた。
もちろん教えてくれるはずもなく、その担当者も赤ん坊を預けて行った女性が誰だったのかなど知らなかった。
やがて雪奈が売春容疑で逮捕された時、ついに本当の母親の正体が明らかになった。
小倉夫妻の元に高島亜由美がやってきたのだ。
ニュースで女子高生が売春容疑で逮捕された場面を見た時、画面の端にちらりと映っていた娘が指にはめていたリングに見覚えがあったという。
それは施設に娘を預けるとき、一緒に預けたものだ。いつか親子の対面が叶った時のしるしのつもりで。
当時、既に飲食業界では名の知られた上場企業へと急成長したMTホールディングス社長の座におさまっていた亜由美は、小倉夫妻に雪奈を大学に入学させ、将来的には自分の会社で雇うことを約束した。
その時はそれ以上のことは何も望まず、とにかくこの問題ばかり起こす娘を何とかして欲しいと言うのが正直な気持ちだったという。
ところがつい最近のことだ。
高島亜由美が再び小倉夫妻を訪ねてきた。
雪奈が大変な問題を起こした。ほとぼりが冷めるまでしばらく海外研修という名目で日本から遠ざけておこうと思う。もし刑事がここを訪ねてきても何も話さないで欲しい。
そう言って口止め料を300万ほど置いて行った。
「……タンスにでも貯金しておけば良かったんですよ。そうすればこんな高い利子を払わなくて済んだのに」和泉は言った。
署までご同行、と言ったものの、車の中で事情聴取をするにとどまった。
小倉奈保子は項垂れ、指に輝くリング達を見つめた。
「その『大変な問題』というのは?」
「……」
「正直に仰ってください。そうすれば処分保留で釈放かもしれません」
「人を……殺したそうです」
「誰を?」
「詳しいことは何も。けど、確かにあの子は昔から癇癪持ちでしたし、病気が出ると暴れ出すこともしばしばでしたから……でも……」
小倉雪奈の養母は鼻を啜りながら、ハンカチで目元を拭いた。
「まさか、自殺なんて……」
どうします? と結衣が目で問いかけてくる。
取り敢えず、聡さんに電話。和泉は身ぶりだけでそう伝えたつもりだが、彼女には上手く伝わらなかった。
「……えっと……」
ああもう! 和泉は苛立ちを覚えて車から降りると、聡介に電話をかけた。