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もはや、流行りではないかもしれない。

 一通り聞き込みを終えて、生口島駐在所に戻る。

「じゃーん!」

 結衣はスケッチブックを広げて得意気に、画用紙いっぱいに書かれた似顔絵を見せた。


 小倉雪奈と一緒に居酒屋へあらわれたという男の似顔絵である。特徴を聞いて彼女が作成したものである。

「おっ、上手いじゃないか」日下部が言った。

「でしょう?!」結衣が嬉しそうに笑う。

 この二人は意気投合しているようだ。

 おそらく和泉という共通の『敵』がいるためだろう。


「実は私、美術部だったんです」

「うさこちゃん、なんで県警に就職したの?」

 結衣は和泉に向かってあかんべーと舌を出すと、聡介にスケッチブックを見せた。

「高岡警部、見てください!」

 聡介はしばらく無言で似顔絵を見ていたが、いきなりペンを取り出すと、書き込みを始めた。


 いったい何をしているんだ。和泉が覗き込むと、父はどうやら眼鏡を描きたかったらしい。

 しかし絵心のない彼は、ただの落書きで似顔絵をダメにしてしまったようだ。

「……すまん、もう一度描いてくれないか……」

「はい、喜んで!!」

 同じことを和泉がしたら、絶対こういう返事はなかっただろう。


 結衣はこつこつと絵を描き始めた。

 そこへ友永と駿河のコンビが帰ってきた。

「いやもう、くたびれましたよ。一日の内に生口島と宮島を往復するって、けっこう大変で……なぁ? 葵ちゃん」

「……帰りはずっと自分が運転して、友永さんはずっと寝ていました」


「できました! これでどうでしょう?!」

 結衣がスケッチブックに描いた似顔絵を見て、聡介ははっと息を呑み、だらけて座っていた友永の顔色が変わった。

「おい、こいつは……」

「知り合いですか? 聡さん」

「知り合いじゃない。が、顔と名前は知っている。宮島を守る会の代表補佐という肩書だが、実質はただのヤクザ。名前は……」

「支倉潤。どうしてこいつが?」

「あの台風の夜、自殺したとされる小倉雪奈と会っているところを目撃されている」

 和泉の頭に浮かんだのは『報復』。


 桑原圭史郎が『推進派』の手にかかって殺害されたとしたら、小倉雪奈は『反対派』の手によって亡きものとされた。

 しかし、と思う。

 彼女が殺されたところであの高島亜由美にどれほどのダメージがあるというのだろう?


「彰彦、何を考えてる?」

「いや……小倉雪奈っていうのは何者なんだろうって」

 どういう意味だ? と、思いがけず突っ込まれて和泉は、たった今考えたことを全員の前で口にした。

「確かに、調べてみる価値はあるな」

 聡介が呟くと結衣がはい! と声をあげた。

「私におまかせください!」

 そう言って彼女はノートパソコンを立ち上げた。カタカタとリズミカルにキーボードを操作し、情報を検索している。

「あ、ありました! なんとマエありですよ」

 前科あり。刑事達は驚いてパソコンを覗き込む。

「友永、知ってるか?」

「俺が県内すべてのクソガキを知ってるとは思わんでください」

「……で、何をやらかしたの?」

「今流行りのJK散歩ってやつです」

 結衣は答えたが、聡介の頭の上にははてなマークが飛んでいる。

「なんだそれは?」

「お金を払って女子高生と散歩……もちろん散歩だけで済む訳がない。立派な売春ですよ。小倉雪奈は高校1年生の時に補導されていますね」

 この頃から男好きだったわけだ、と和泉は胸の内で呟いた。

「えーと……あ、雪奈は養女なんですね。児童養護施設にいたのが2歳まで。その後小倉家に引き取られて養子縁組しています」

 結衣はマウスを動かしながら説明する。

「彼女を引き取った夫婦はどういう?」

「福山市内で理容店を経営していましたが、雪奈が高校2年の時に経営難で閉店していますね」

 彼女は確か私立の美術大学に通っていたはずだ。他人の家の懐事情はいざ知らず、どうやって学資金を賄っていたのだろう?

「とにかく養父母に会って話を聞く必要があるな」

「自分が行きます」と立候補したのは駿河だった。


 なんとなく焦っている? 和泉は彼の表情からそんな感情を読みとった。

「葵、お前は今日の事情聴取の結果を資料にまとめておけ。友永もだ」

 へいへい、と返事がある。

 駿河は文句を言うことなく承知した。


 となると……聡介の視線が和泉と日下部と結衣を巡る。

「彰彦、お前がうさこを連れて行ってこい。俺はこれから尾道東署へ行く。日下部、運転を頼むな」

 えーっ?! と二人揃ってブーイング。


 だが、父はまるで取り合ってくれない。

 仕方なく和泉は立ち上がって外に出た。

 結衣もぶつぶつ言いながら後をついてくる。

 

 階段を降りたところで、プリンを見かけた。その時、

「あ、ジュノンボーイ」結衣が言った。

 和泉は彼女の視線の先を追う。


 すると周が自転車を漕いで駐在所に向かって来ているところだった。

「ちょうど良かった、和泉さんに会いにきたんです」

 外は気温が高く、周の額には汗が浮かんでいる。うっすらと頬が赤い。

「メイちゃんの調子はどう?」

「あと少し、治るまで時間かかりそうです」

「そう、じゃプリンちゃんはもうしばらく駐在所のアイドルだね」

「あの、和泉さん……俺、明日は家に帰ろうと思います。和泉さん達はずっとこっちにいるんですか?」

「いやぁ、さすがに駐在所の2階は狭いから、明日か明後日には本部に帰るよ」


 周はそわそわしている。

「……なんだい?」

「和泉さんにどうしても伝えたいことがあります」

 和泉は周の肩に触れ、微笑んだ。

「その前に一つだけ、お願いしてもいい?」

 周は不思議そうな顔をする。

「そろそろ敬語で話すのは卒業しようよ。他人行儀は一切なしでね」

 すると彼は意を決したように、

「あの、今さらこんなこと言うのおかしいかもしれないけど……俺、和泉さんのこと大好きだよ。じゃ!」

 周は急いで自転車に跨り、ぴゅーっと逃げるように去って行った。


「なんですか? あれ。こないだは大嫌いだって言ってたくせに。ま、あの時は和泉さんがというより警察全体に不信感って感じだった……和泉さん?」

 結衣は車の鍵を出してロックを外す。


「どうしよう、鼻血が出そう……」

「ハンカチなら貸しませんからね」

 さっさと女性刑事は運転席に乗り込む。

 和泉はしばらく、周の走って行った方向を見つめていた。


いろいろ事情があって、ここで一旦完結します。

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