黒い噂
その時、鑑識員が到着した。
尾道東署鑑識課の中尾巡査部長は古くからの顔馴染みである。
彼は親子を一目見るなり、おどけて敬礼をしながら言った。
「毎度! 検視官が自殺って判断したのに、わざわざ他殺にしたがるなんて困った親子連れだな」
「これを見てくれ」
聡介はまず、金庫の中の現金を見せた。
鑑識員は口笛を吹き、札を眺め透かしたりして、
「間違いなく本物だ。ニセ札ではないな」
「じゃあ、後は頼んだ」
はいはい、と言ってから中尾は一緒に連れてきた部下と二人、黙々と作業を始める。
じゃまにならないよう刑事達は部屋から出て待機。
「で、その黒い噂っていうのは何だ?」聡介は和泉に言った。
「詳しいことは僕も聞いていません。ま、考えられるとしたら粉飾決済とか、あるいは政治家への不正献金あたりでしょうかね。宮島改造計画があるんですよね? そこに絡んで何かあったとしても不思議じゃない」
「たかが18か19の小娘が、そんな情報を入手する機会があると思うか? こういう言い方はなんだが、MTホールディングス系の居酒屋でバイトしている学生だぞ?」
「桑原圭史郎から聞いたのかもしれません。彼はまがりなりにも新聞記者ですよ? それに宮島を守る会に所属していた。何が何でも、相手の弱みを握りたかったに違いない。そして何か掴んだ。それを小倉雪奈に話した」
父は息子を見た。
「彰彦……お前が桑原だったとして、そんな大事なネタを、たかが一夜限りの相手にみすみす話したりするか?」
息子も父を見返す。
「いや、それはありませんね……っていうことは、実は桑原圭史郎と小倉雪奈は古い知り合いだったと?」
「そうじゃない。小倉雪奈は独自に何か掴んだんだ、おそらく。それを脅しのネタに使ったために、口を封じられた」
「どこで手に入れるんですか、それこそそんな情報」
「忘れたのか? 彼女は高島亜由美の別荘に招待されていて、何日も一緒に過ごしていたんだぞ」
和泉はしばらく黙った後、口を開いた。
「桑原圭史郎は保険をかけていなかったんでしょうか?」
「保険?」
「ええ、自分にもしものことがあったら、これを警察に提出してくれと言ったような証拠品を誰かに預けていたとか」
「そんなものがあったら、とっくに警察へ届け出ているだろう」
「……世の中の人間全員が警察に好意的な訳でも、善意の人な訳でもないんですよ?」
その時、中から中尾の終わったぜ、という声が聞こえた。
「分析はうちの署でこっそりやるからな。結果が知りたかったら、尾道東署へ来い」
聡介は彼に厚く礼を言った。