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お兄さんと一緒

 午後のミーティングが始まる前の少しの休憩時間。


 従業員用の休憩室で昼食を終えた周は、ムスッとした顔で麦茶を飲んでいた。

 義姉はまだ忙しいらしく姿が見えない。


「何をぶーたれてんだよ?」

 上から大きな手で髪をかきまわされる。顔を上げなくても誰なのかわかる。

 石岡孝太は笑いながら周の隣に腰を下ろした。

「もしかしてお局様に絡まれた?」

「その方がまだマシでしたよ」

「何だよ、じゃあ変な客にでも絡まれたか?」

 そんなところです、と周は答えて頬づえをつく。

「お前さん、意外と顔に出るからなぁ。気をつけろよ?」

 わかっている、客にムカついたとしても顔に出してはいけないと。しかし相手が相手だけに難しいというのは言い訳だろうか?


 あれから駿河の姿は見なくなった。

 泊まりではなく、見合いの為だけにやってきたのだろうか。それとも何か事件でも起きて呼び出されたのだろうか。


 そしてふと気付く。

 どうだっていいじゃないか、あんな奴!!


 それから午後3時以降のチェックインが始まってからは、考えごとをする暇などないほど忙しくなる。特に忙しいのは夕食を提供する時間帯である。


 その上、今夜は宴会の予約が入っていた。

 宴会が終わる頃では最終のフェリーに間に合わないので義姉は従業員用の寮に泊まると言っていた。


 前の日からその話を聞いていた周もいろいろ悩んだ末に、最後まで手伝うことにして、その後は孝太に泊めてもらうことにした。

 彼も旅館が用意してくれたワンルームに住んでいるそうだ。

 

 普段は優しくて気の良いお兄さんである孝太も、夕食や宴会など多忙を極める時間帯になると、近寄りがたい必死な顔で作業に入っている。

 板前の世界は何かと厳しいのだろうが、時々発せられる怒号のようなものを耳にして、周は将来、絶対普通のサラリーマンになろうと考えた。

 

目まぐるしい時間が終わり、片付けを終えたら既に午後11時だった。


「お疲れ様、周君」

 義姉が後ろからぽん、と周の肩を軽く叩いて微笑んだ。

「疲れたでしょう? 今日は宴会も入っていて大変だったわね」

「うん、まぁ……」

 あのストーカー野郎が今日ここに来ていたことを義姉は知っているのだろうか? 


 話題にすべきかどうか悩んだが、結局やめた。

「今夜は孝ちゃんのところに泊めてもらうんでしょ? ゆっくりお風呂に浸かるといいわ」

 泊まりがけと決まった時点で猫達はペットホテルに預けた。

 二匹ともいたく不満げだったが、帰ったら思い切り遊んでやるしかない。


 誰もいない大浴場で周は湯に浸かりながら、いつかどこかの遠い温泉地に行ってみたいな……と思った。

 伊豆や箱根などの有名どころは遠すぎる。比較的近隣の県外といえば鳥取県にも島根県にも温泉地はある。

 周が幼かった頃、父が連れて行ってくれたのは兵庫県の城崎温泉だった。


「よぉ、お疲れ」

 孝太が入ってきた。

 さっきまでの険しい顔つきはすっかりなりをひそめ、いつもの表情に戻っている。


 さすがに日々力仕事をしているだけに、引き締まった身体をしている。

 肩の辺りなど筋肉が盛り上がっているのがわかる。

「なかなか根性あるな、周。さすがにサキちゃんの弟だ」彼は言った。

 その言い方に周は多少、違和感を覚えた。

 血のつながった兄弟に対して言うようなニュアンスが感じられたからだ。


 孝太はしかしあまり気にした様子もなく、お湯で顔を洗った。


「なぁ……サキちゃんのことなんだけどさ……最近、どう?」

 ずいぶん抽象的な質問だ。周が困った顔をしていると、

「どうっていうのは、その、普段……家ではどんな様子かってこと」

「ああ、なるほど。そうですね、最近やっと携帯のカメラで写真を撮ることを覚えて、猫のケツばっかり追いかけてます」

「あはは、確かにサキちゃんて機械音痴だからなぁ。猫飼ってんの?」

「ええ、二匹」

「そっか……サキちゃん、昔から猫好きだったからなぁ」

 孝太は両腕を浴槽の縁にもたせかけた。


「その代わり、犬はからきしダメなんだよな」

「そうなんですか?」全然知らなかった。

「そう。ガキの頃、犬に追いかけられたことがあって。それ以来まったくダメなんだ」

 そういえば……と彼は遠い眼をして言った。

「あの時、転んで足に大怪我したんだよな。傷跡残ったりしてないのかな」

 周には答えようがなかった。

 義姉の足などまじまじと見たことがない。

 

 だいたい彼女はいつも家にいる時はくるぶし丈のジーパンを履いているし、スカートも丈の長いものしか履かない。

 まして仕事の時などはほとんど肌が見えない。

 

 孝太は自分で言ったことに苦笑した。

「知らないよな、そんなこと……」

 二人の間を妙な空気が流れた。


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