だいたい顔見知り
実を言うと駿河がここへ来たのは昔話をするためでも、旧交を温めるためでもない。元教育係の先輩刑事はそのことに気付いたのか、
「記者ならいないぜ」と、言った。
「八塚さんは宮島を守る会をご存知ですか?」
「あぁ、斉木のとこのボンボンがリーダーだっちゅうな。俺にも反対運動に署名しろって言うけぇしてやったけどな。ありゃダメだ。内部から崩れていく」
「なぜです?」
「一度集会に出たことがあるが、ただ無闇やたらに反対を唱えるだけで、具体的な策があるでなく、メンバーもまとまりがない。おまけに背後にはその筋のヤツがいる」
友永の顔が強張る。
「ま、俺としてもこの島を引っ掻き回すのはやめてもらいたいけどな。しかし、反対運動をしたところで建つ時は建つんじゃ。お前の親父さんも関わっとるんじゃろ?」
父親のことを持ち出されるのは気分が悪い。しかし今はそんなことにこだわっている場合ではない。
「……ところで最近、石岡さんはこちらにみえましたか?」
石岡孝太はいろいろな意味で県内の警察官に顔を知られている。
その上地元民である八塚の場合は、島で産まれ育った若者ならほとんど知っている。
また、自分がこの店を知っているように、彼もまたこの店を知っている。
「孝太か? ほとんど顔見せんな。あぁでも、いつだったか弟みたいな、若い男の子を連れて歩いとったな。あれもなぁ、そろそろ嫁さんの世話をしてやらんと……好みのタイプなら知っとるんじゃが、なかなかそう簡単に見つかるもんでもないし、何しろ腕利きの板前じゃけん、料理の下手な女じゃ話にならんかのぅ……」
話が脱線しそうになるので、駿河は急いで遮る。
「石岡さんですが、最近昔の仲間と会っているという噂を聞きましたが本当ですか?」
「……あぁ、残念だが本当だ。宮島を守る会の集まりってやつがここで開催されたこともあったからな。斉木のボンボンに蛭みたいにくっついてるヤクザ者が、3人ほど手下を連れて来て孝太に何やかんや話しかけとった」
「石岡さんも、集会に来ていたのですか?」
「ああ。あいつは会結成当初からのメンバーだよ」
「その時、どんな様子でしたか?」
八塚は少し考える表情をしてから、
「ま、ある程度の想像はつくじゃろうが、忘れたい過去を掘り返すような奴らと再会して笑顔になる人間はおらんわな。今にも殴り合いの喧嘩でも始まるんじゃないかって、背中がひやっとした瞬間もあった。孝太の奴は、口より手が先に出るけぇの……」
「その時、この男性は同席していましたか?」
駿河は被害者である桑原圭史郎の写真を見せた。
「ああ、山陽日報の記者じゃろう。こないだ生口島で殺されたっていう」
「彼はいかがでしたか? 石岡さんと口論したり……」
「それはない」八塚はきっぱり否定した。「この記者はわしが福山の方におった頃に、一時的にこの島に預けられとった子供じゃろう? 孝太から話を聞いたことはあった。大人しい子でな、他所者じゃけんって近所の悪ガキが悪さするんよ。その時にいつも守ってくれたのが孝太じゃったって。あいつの亡くなった弟がちょうど同い年で、大人になってからも交流があって、ほんまの兄弟みたいに仲良うしとったわ。反対派の味方をする記事を書いてくれたものそういう事情があったからじゃ」
「その、ヤクザ者と石岡氏の口論の内容はご存知ですか?」
友永が質問を挟む。
するとなぜか元刑事はちらり、と駿河を見てから答えた。
「……女のことじゃ」
「女のこと?」
「詳しいことは本人から聞け。わしが答えるようなことじゃない」
それからすぐに閉店時間じゃ、と刑事達は店を追い出された。