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元刑事の料理人

 宮島へ行く前に、小倉雪奈の友人である上原、増本というコンビに話を聞くよう命じられた駿河と友永は、広島市内のとあるファストフード店でたむろしている二人に約束を取り付け、会うことになった。

 彼らは小倉雪奈と同じ居酒屋で働いており、同じ美術サークルに所属している。


 先日高島亜由美の別荘に招待されていたのも彼らだ。

 二人とも今時の若者らしく、髪を明るい色に染め、耳にいくつもピアスをしている。


 小倉雪奈が亡くなったと聞いて二人は顔を見合わせた。

「……自殺ですか?」上原が尋ねる。

「まだわかりません。なぜ、そう思うのですか?」

「いや、あいつって情緒不安定っていうか……ちょっと精神的に病気みたいなところがあったから」

「病気? 本人がそう言ったのですか」

「いや、そうじゃないですけど。とにかく気分の浮き沈みが激しいんですよ。さっきまでやたらテンション高かったかと思ったら、急に落ち込んだり……」

 確かに病気かもな、と友永が呟く。

「あれも病気だったのかな?」

「あれ、とは?」

 上原と増本のコンビはニヤニヤ笑いながらお互いに、お前が言えよ、と妙な譲り合いをしている。

「高島社長並みの男好きで、一晩でも一人じゃ眠れないってか?」

 今だけワンコインと宣伝して売り出している甘いシェイクを吸い込みながら、友永がさらりと言った。二人の大学生は気まずそうに眼を逸らした。


「出会い系サイトをやたら登録していましたよ。危ないからやめろって何度か言ったんですけど」

 ふぅん、と甘党の刑事はそれ以上何も言わなかった。

 駿河は二人に礼を言って、宮島へ向かうことにした。


 今日が日曜日だったということに気付いたのは観光客の多さである。修学旅行で来ている学生や外国人観光客、島全体が人でごったかえしている。

 駿河は時計を確認した。


 板場はいつも戦場のようたが、午後のひとときには少し余裕ができることを知っている。現在は午後1時を過ぎているが、まだどの飲食店も中に入れず待っている客がいる。

「友永さん、お昼にしましょうか?」駿河は言った。

「……どの店も大混雑じゃねぇか。そんな時間あるのか?」

「穴場をご紹介しますよ」


『菊之井』というその店は、地元の人間ぐらいしか知らない、路地裏にひっそりとたたずむ隠れた名店である。

 駿河がその店の存在を知ったのは、廿日市南署刑事課に配属されて間もない頃、教育係だった先輩刑事に教わった。


 八塚という名のその先輩刑事は現在既に定年退職しており、この店の経営を任されている。

 元はこの店の常連客だったが、もう高齢のために店を閉めるという店主に、だったら自分が引継ぐと、刑事から料理人へと転身したのである。

 

 彼は宮島産まれ宮島育ち生粋の地元民である。

「よぉ! ひさしぶり」

 店は空いていた。既に混雑のピークを過ぎて、残っているのは常連客ばかりだ。

 店主である元刑事は厨房から出て客席に座っていた。


 お久しぶりです、と駿河が答えると、

「相変わらず無愛想なヤツじゃのぅ」

 と、八塚は苦笑しながら読んでいた新聞を畳む。


 それから、残り物しかないぞ、とこちらの注文も聞かずに厨房へ戻る。

「マイペースなおっさんだな」友永が呟く。

 自分もじゃないか、と駿河は思ったが黙っておくことにする。

 残り物にしては豪華な料理を運んできてくれた八塚は、駿河の隣に腰を下ろすと喋り始めた。彼は話し出すと止まらない。


 現役時代、何度か新聞記者に危うく情報を漏らしそうになって、上から大目玉をくらったこともある。

 とはいうものの、すでに警察をやめている彼は、最近の店や地元に関係した話題ばかりで、どこかに記者がいて耳をそばだてていないだろうかと気を遣わなくて済んだ。


「……で、捜査1課はどうだ?」

 一通り喋って話題が途切れた頃、彼は尋ねた。

「素晴らしい上司にめぐり会えました」駿河は心からそう答えた。

「ふーん、ほんまにそうなん?」

 八塚は友永に向かって聞く。

「本当ですよ。もっとも、あまり刑事には向いてない人格者ですけどね」

 今頃、班長はくしゃみをしているに違いない。

「ところで西崎のこと、聞いたよ。かわいそうだったな……恋女房じゃったけぇなぁ」

 八塚はしみじみと言った。


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